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茶房 クロッカス  その1

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 次の日は月曜日で、昼間はそれなりに客で混んだ。
ランチも終わり、いつものようにのんびりしていた。
「今日は暇だなぁ」
「あっ! 違った。『今日も』だった。あははっ」
《自分の独り言に自分で突っ込み入れて、これまた自分で笑ってりゃ世話ないなあ。一人三役かぁ》
 そう思っていた所にドアが開いて、見ると数少ない常連の一人の重さんだ。
《あれっ!?》と思って時計を見ると、まだ午後三時。

「いらっしゃい重さん。どうしたんだぃ? 今日はやけに早いじゃないか。仕事は? それともどこか具合でも悪いのかぃ?」
 俺は心配になって矢継ぎ早に尋ねた。
「あぁ、悟郎ちゃん、心配してくれてありがとよ。まぁゆっくり話すから、とりあえずコーヒー頼むよ」
 そう言うと重さんは、疲れたような顔でカウンターの真ん中の席に着いて、タバコに火を点けた。俺は、さりげなく灰皿を重さんの目の前にスーッと置くと、いつもの様にコーヒーの準備を始めた。
 俺の店では、コーヒーは昔ながらのやり方で、注文の度に一杯ずつサイフォンで入れている。サイフォンのお湯がボコボコと音を立て、そして上の容器へと上がっていく。
 重さんはいつもその工程をじっと見ているのが好きだった。
 アルコールランプの火を消し、コーヒーが下に落ちると、俄かに店の中に香ばしいコーヒーの香りが広がった。

「世の中不景気なんだよなぁ」
 ふいに重さんが口を開いた。
「…どうした? やっぱり何かあったのか?」
 尋ねたが、重さんは何かを考え込んでいるようで返事をしない。
「………」
 落ちたコーヒーをカップに注ぎ、重さんの前にそっと置くと、それをひと口飲んでようやく重さんが、重い口を開いた。
「世の中不景気なんだよなぁ……」
「どうしたんだぃ? さっきから……」
「いやなぁ悟郎ちゃん、うちの会社も不景気でよぉ、仕事がねぇらしいんだよ。でよぅ、今日なんかもう上がってくれとさ」
「あぁ、それでいつもより早いんだな」
「それだけじゃねぇんだよ。今月いっぱいでお払い箱だとよ。俺ぁどうすればえぇんだかさぁ、頭が痛いよ」
 そう言うと重さんは本当に頭を抱え込んで、カウンターに頭を擦り付けるように載せたまま、暫く身動きすらしなかった。
 俺は心配になって遠慮がちに声を掛けた。
「重さん、大丈夫かぃ?」
「……重さん、コーヒーが冷めちゃうよ!」 
 と、もう一度声を掛けると、
「ふぁ~あ、あれっ? 寝ちまったか。はははっ」
「はははって――もう、なんだよ! 重さん。心配しちゃったじゃないか」
 少しむくれて俺が言うと、
「ああ、悪い悪い。でもなぁ、俺みたいな年で仕事をくびになったら、これからどうすりゃ良いんだ? 俺は散々考えたけど、なーんも思い付かないよ。どう思うよ、悟郎ちゃん」
 重さんは年齢五十代後半、独身の一人暮らし。職業は塗装会社で塗装の職人をしているらしい。それ以上の詳しいことは聞いたこともないけど、きっと職を失うということは、かなり厳しい状況を迎えるのだろう。
「重さん、それって一大事じゃないか! どうするんだよ、これから」
 俺は思わずそう言って、重さんと一緒になって考え込んでしまった。
 俺の年ですら、再就職はかなり難しいのが現状だ。重さんの年では、さらに厳しいだろう。
 しかしまぁ重さんには腕に職があるから、もしかしたら俺とは違うのかも。
 そう思い直した俺は、
「とりあえずハローワークに行った方が良いんじゃないのかい? それも早目が」
 そう言ってみた。
「やっぱりそれしかないかもなぁ……」
 頷く俺に、
「じゃあ明日にでも行って来るか」
 そう言うと重さんはコーヒーの残りを一気に飲み干した。
「悟郎ちゃんありがとよ。じゃあ、お代はここに置くからな。また明日来るでよ」
 何だか帰る時の重さんの姿は、がっかりと肩を落とし、哀愁が漂っていた。
 世間ではリストラされて、そのままホームレスになる人も多いとニュースでもやっていたが、まさか重さんまでが――他人事ではないんだなぁと思った。
 次の仕事が早く見つかればいいんだが。