表と裏の狭間には 十三話―新規参入―
「中央公園の噴水のあたりだってさ。」
「ど真ん中ね。誰もいないじゃない。」
「消音銃でも使うっすか?」
「絶好の場所だなオイ。」
「殺す必要は無いの。短針銃を推奨するの。」
「短針銃で、サイレンサーだな。いや、そんな面倒なことしなくてもスタンガンでいいだろ。」
「それもそうね。じゃ、誰か拠点から装備を持ってきて。閃光手榴弾が一人二つ、スタンガンを一人一つね。」
「了解っす。」
この集団、なんだか嫌だ。
誘拐事件、なんだよね?
誰も警察を呼ぼうと言い出さないんだよ?
いや、百万円普通に用意できる俺も俺だけど。
ま、いいや。
あの二人が無事なら、それで問題ない。
さて。
深夜。
俺は、中央公園にいた。
あえて私服である。
一人だ。
他の連中は、噴水周辺に潜んでいるはずだ。
作戦はこうだ。
俺が、一人で出向き、人質の無事を確認する。
そのまま、要求通り金を渡す――と見せかけて閃光手榴弾で相手の目を眩ませる。
その光を合図に、物量作戦で一気に制圧する。
実にシンプルだ。
シンプルなのはいい。
だって、その分ミスや隙が生まれにくいということなのだから。
そういえば、ゆりが『人質を二人もとるなんて、馬鹿ね』と言っていたことだが。
ゆりに言わせれば、『複数の人質をとるなんて、有事の時の対応が遅れるからお勧めできない』ということらしい。
と、見えてきた。
噴水の周りは暗いのだが、既に暗闇に目が慣れているため、比較的よく見える。
噴水の前に座らされているシルエットが二つ。
恐らくは、雫と蓮華だろう。
…………………うわー。敵殺してぇ。
だがまだだ。
しかも殺してはいけない。
そんな事をしたら本末転倒だ。
「ようよう。アンタがお兄ちゃんかい?」
噴水に腰掛けていたシルエットが、立ち上がった。
うん、電話で聞いたのと同じ、気分の悪くなる声だな。
「雫と蓮華はどこだ?」
俺は、いつか不良に対峙したときのような、精一杯のドスを効かせた声で尋ねる。
「これだよ、これ。」
男は、地べたに座り込む二つのシルエットを蹴飛ばして、俺にもよく見える位置に出してくる。
俺の中に、改めて殺意が湧く。
今すぐにでも飛び掛って、気絶させた上で噴水の中にぶち込んで溺死させたい。
「金は持ってきたかぁ?」
「ああ。持ってきてやったぞ。」
無駄話はしない。
だって、それだけミスが発生する確率が上がるのだから。
だから、端的に、迅速に事を遂行する。
「ほらよ。」
俺は、手に持っていたそれを投げる。
男は、手を伸ばしてそれを受け取ろうとする。
やはり、素人だな。
こんな暗闇で、投げつけられたものが何かも確認せずに手を伸ばすなど。
……こんな思考ができるようになってしまった自分にちょっと絶句。
俺が投げつけたそれは、札束ではない。
ゆりから渡された、閃光手榴弾だ。
俺は、時間差でもう一つの閃光手榴弾を投げる。
既に確認済みだったが、敵は四人。
噴水の四方に配置されていて、それぞれバラバラの方向を向いている。
だから、俺は時間差で二つ投げたのだ。
まず正面の一人を一発使って制圧。
その悲鳴で、他の連中は振り向くだろう。
そこに、二発目が発動する。
俺は、それとなく目を庇う。
瞼の上に手を被せていても、閃光が視界を白く染める。
「ぐぎゃぁあああああああああ!!」
閃光を直視したであろう男の悲鳴が響く。
だが、俺は目を開かない。
二発目が、炸裂した。
「がぁあああああああああああああっ!」
「ぎゃぁああああああ!」
「うぐぉおおぁぁあああああっ!」
閃光を直視したらしく、きっちり三人分の悲鳴が上がる。
目を開けると、そこには、目を押さえてのた打ち回る男たちの姿が。
次の瞬間、茂みからゆりたちが飛び出し、男たちにスタンガンを当てていく。
さながら、『ひぐらしのなく頃に』に登場する特殊部隊『山狗』のような無駄のない静かな動きで。
そして、男たちを全員気絶させたあと、他に伏兵がいないか確認し、すぐに去って行った。
これは事前に決めた作戦通り。
無いとは思うが、万が一訴えられた時の保険だ。
つまり、『誘拐事件を起こして身代金を受け取ろうとしたら、正体不明の連中に襲われて失敗した』と証言させるための布石だ。
ゆりたちの姿は、誰も見ていないはずだ。
雫と蓮華も、見えていないだろう。
さて。
他には誰もいなさそうだし、さっさと助けて撤収するとしよう。
男たちの悲鳴を聞いた誰かが警察に通報していないとも限らない。
二人の拘束を解き、目隠しと簡易性の猿轡を外す。
「お前ら、無事か?」
俺が拘束を解くと、『ぷはぁ』と息を吐き出した二人は、安堵したように力を抜いてへたり込んだ。
「お、お兄ちゃん?お兄ちゃん!うわぁああああ!」
雫は、へたり込んだあとすぐに俺に抱きついて泣き出してしまった。
「紫苑…………。はぁ。良かったぁ………。」
蓮華も俺を見て息を吐いている。
「まぁ、二人とも無事でよかったよ。」
二人の頭を撫でる。
そうしていると、二人とも元気が出たのか…………。
「そもそも、どうして私がこんな女と捕まらなきゃならなかったんですか!?」
「それは私の台詞です!どうして私があなたなんかと捕まることになったんです!?」
と、二人で言い合いを始めた。
………言い合いをする前に、どうやって助けたのかとか、色々気にすべきことがあるだろうに。
「お前ら、人が来る前に移動するぞ。」
俺は、まだいがみ合う二人の背を叩き、自宅のほうへ向かった。
「遅かったわね。」
扉を開いた俺を迎えたのは、ゆりの文句だった。
「悪かったな。何しろこの二人は相性が最悪なもんでな。」
二人を中に入れて扉を閉める。
「お前ら二人は順番に風呂でも入ってろ。蓮華の服は………。どうすっかな。」
「あたしが買ってくるわ。」
「ああ。じゃあこれで頼む。」
一応持っていた札束から何枚か抜き取ってゆりに渡す。
「頼まれるわ。じゃ、って……………開いてる店ってどこだろ?」
あぁー…………………。
今夜中だもんな。そう言えば。
「なーんてね。二十四時間営業のデパートがあるじゃない。」
あったな。駅前に。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。」
そう言って、ぶらぶらと手を振りつつ、ゆりが退場。
「おら、お前らは風呂にでも入れ。今沸かすから。」
そういいつつリビングに入る。
「勿論沸かしてあるの。」
「手回しがいいなー。」
「まぁ、女子ならではの気遣いってやつだよ。わっちなら帰ってきたら風呂に入りたいもんね。まだ夜は冷えるし。」
確かに、結構肌寒かった。
「紫苑、台所の使い方教えて欲しいの。」
「台所?」
「食材を使わせてくれたら料理を作るの。」
「ああ、なるほどね。」
雫たちは昼前には既に誘拐されていた。恐らく食事を摂っていないだろう。
水なら公園で飲ませたが、コンビニに入るのは余計な証拠を残しそうで躊躇われた。
「雫。蓮華に風呂の使い方を教えてやってくれ。」
「あ…………うん。」
雫も、今は喧嘩している場合では無いということを理解しているのだろうか、素直に蓮華を風呂場に案内する。
蓮華も、素直に案内されている。
うちの風呂場は結構広いから、女子二人くらいなら一緒に入れるだろう。
「紫苑!早くして欲しいの!」
作品名:表と裏の狭間には 十三話―新規参入― 作家名:零崎