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   ――  203  ――
 みよを送ってから、オレはその足である場所を目指していた。
 そこの曲がり角を右に。そして左に。迷路のような路地をぐるぐると周り、やっと目的のそれは見えてくる。
 深緋色が印象的な、古びた建物。壁には所狭しと蔦が張り、外の鉄階段は風雨に晒され赤さびだらけ。足を乗せれば頼りなく軋みをあげて不安感を煽り、こんな調子で三階まで上がれるのか甚だ疑問だ。
 オレが会おうとしているのは、この廃墟のような建物を仕事場として使う魔女。櫻さんこと、魔法遣い・櫻八重(サクラ ヤエ)だ。
 オレにとっても、みよにとっても親代わりで、返すべき恩の数は計り知れない……はずなのだが、人を食った性格のために、いまいち感謝できないのが実情だ。もう少しまともになって欲しい。
 まぁ、まともなら魔法遣いになんかなれないと思うが。
 それに、オレだってまともじゃない。《異端》の一人なのだ。性能的にも、精神的にも、人間的にも。
 考えている間に鬱々としてきたが、舌打ち一つで悪いイメージを払拭する。
 魔女に会う前からこうでは、何を言われるかわかったものじゃない。
 意を決し、鉄扉をノック。返事がないことは常のことなので、そのままノブを回し、押し開ける。
 目に写るのは、玄関と廊下。……だったものの跡だ。
 どちらも大量のガラクタが覆い尽くし、足の踏み場もない。雑然とは、まさしくこの光景を指すための言葉だろう。
 土足のまま、多種多様な珍品を踏み分け、奥へと進む。
「やぁ、刻やん。みよちゃんはちゃんと送ってきたみたいやな。そんで、刻やんはなんの用なん? うちはね、あんさんが日々の修練を怠らない限り、あんたの力になれる事なんて仕事の斡旋くらいなんやけど。まさかサボったとか言わんといてや」
 声の主は、部屋に不釣り合いなほどに豪奢な椅子に腰掛け、しなを作って言葉を発する妙齢の女性。艶やかな肢体を和装で包み、艶めかしく足で草履を弄ぶ。
 彼の人こそ、魔法遣い・櫻八重だ。
「サボるわけねェだろ。ただ単に好奇心だよ、あんたがなんで、オレの元にみよを送ったか疑問でな」
「みよちゃんから聞かなんだ? 仕事ないって」
「そもそも仕事がないなら、みよを寄越したりしねェだろ。どーせ、あんたのことだ。なんか厄介な事情があんだろ?」
 オレの問いに、櫻さんは
「んー、あると言えばあるけど、仕事というよりは忠告。いや、警告やね。刻やん、ええか? あんたは絶対、『死んだことがある』とバレちゃあかん」
「あァ? そんなもん今までと――」
「一緒やない。あんたには再三言ってきたけど、『死んだことがある』ってのは、うちらのような人外からでさえ、ありえへん事や。ましてやそれが殺した当人に伝わってみい、どうなるかわかるやろ?」
 殺した当人。オレを、殺した、奴。
 櫻さんの言葉に、引っかかりを憶え、そして気付く。
「そうか、そいつ、今来てるんだな? なァ、櫻さん。オレがそれを聞いて、殺し返しに行かないとでも思ってんのか?」
「だからこそ伝えたんや。行かせへんために。何度だって言ったる。あんたは『死んだことがある』とバレちゃならん。理由? 簡単や。あんた、そいつにバレたら死ぬで。あんたがアレを殺す? 莫迦言っちゃあかん。うちでも無理なことを、あんたができるわけないやん」
「オレが荒事であんたに敵わないのは確かだ。だが、……オレが、オレを殺した奴を許すとでも?」
「許す? あんたはいつからそんなに偉くなったんや。『許す』っちゅう行為は、自らが相手よりも上の立場になったからこそ発生するもんや。殺されたあんたが、殺した奴よりも上にいるとでも? 有り得へん、有り得へんよ。そんなもんは、国が味方をしてくれるからこそ生まれる錯覚や。現実を見ぃよ」
 突きつけられたのは現実で、オレが虚構を夢見ていた事実だった。それでも、
「……それでも、オレはオレを殺した奴を殺しに行かなきゃならない」
「なんでや」
「オレが殺されたとき、悲しんだ奴がいたらしい。そいつのために、そして何よりオレの自己のために、オレは殺し返す必要がある」
 は、と言う声は八重さんの一笑。
「既に口調から崩壊しとるのに、あんたは言い訳が下手やな。ええ、ええよ。――刻やんなら、そこまで言ってくれると信じとった! うちにまかせぇ。あんたが殺しに行っても、死なない状況作りにだけ手を貸したる。せやから、ちっとだけ待っとれ。仮に遭ってもうたとしても、未支度のうちは逃げや。ええな?」
 オレは首肯し、その夜の話は終わったのだった。