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   ――  202  ――
 日付も変わろうかという頃、俺は秘密基地にいた。秘密基地とは言え、草原と木陰にいくらかの家具が鎮座するだけだ。大したものは置いていない。
 高校生にもなって秘密基地、と思うかも知れないが、小学生時代の名残だ。今更呼び方を変える方が気恥ずかしい。
 まぁ、こんなことを言うと、きっと菫に莫迦にされるんだろうが。
「はぁ」
 夕方のことを思い出し、少し後悔した。
 ……なんだって俺は菫に突っかかってしまうのだろうか。
 自問するが、答えは出ない。
 少なくとも嫌いではないのだ。はっきりと主張する性格は好ましいとまで思う。だが、それでもなぜか上手く噛み合わない。
 不図ならなんと言うだろうか。自分の中にない解答を、友人に求めてみる。
『さぁ? ぼくに聞かれてもね。神様とやらに訊いてみると良いんじゃないかな、うん』
「俺なんかが神様に、か。冗談じゃないな」
 ひとりごち、苦笑する。
「いいじゃないかい。あんただって神に頼ることもあろうさ。むしろ神の力を使おうとしてる奴だっているくらいさね。ま、あたしにゃ関係無いが」
 俺の独白に答えたのは、背の高い麗人。月明かりの下、夜空に似た群青の長髪を揺らしている。
「師匠。遅刻だぞ」
 この人は俺の師匠。空弓七式(ソラユミ ナナシキ)だ。
「悪い悪い。たまたま時計がイカれちゃってて起きらんなかったのよ」
「それは師匠が起きたくなかったからでしょうに」
「あ、やっぱ? いやー、こんなときまで強運ってのは辛いね」
 頭を掻きながら笑う。
「で、あんた、そろそろ武術には慣れたのかい? なんだってあたしみたいな半端物が武術を教えてんのか、そろそろ疑問なのよ」
「武術なら教えられるって言ったのはどこのどいつだよ」
「あたしだよねー。あのとき見殺しにしといた方がよかったかな」
「恐っ! これでも感謝しているんだから」
 俺がそう言うと、
「だったらもうちょっとご飯作りに来てよー。最近あんたみたいなのをもう一人拾っちゃって大変なんだから」
「ん? 師匠が善行だなんて珍しいな。その辺の悪党より悪党らしいのに」
「あんた失礼ねぇ……、まぁ冗談なんだろうけど。――で、話戻すけど、これが良いとこのお嬢ちゃんだったみたいで、家事できないんだわ。教えれば上手いことやるんだけどね。あたしゃ家事なんて、ほとんどできないし」
「なるほど。だったら今度の休みにでも行くよ」
「おお、さすがあたしの弟子だ」
 全く、調子の良いことだ。
「さーて、弟子と約束を取り付けたし、気分もいい。今日は実戦形式でいこうかね」
「げ」
「はいそこ『げ』とか言わない。行くよ、ほい」
 一瞬で彼我の距離は零となり、軽いかけ声とともに繰り出される蹴り。昼間、菫のしたそれより数段速いが、難なく避ける。
 そのままバックステップで距離を稼ぎ、反撃の体勢を整えた。
「奇襲の初撃にも対応できるようになったか。進歩したわねぇ。だけど、本番はここからさね」
「当然。来い!」
 気合いと同時、俺と師匠の距離はなくなる。
 肉迫。拳撃。蹴撃。
 息を吐かせぬ連撃を交わし、互いの力量を確かめる。力負けたのはやはり俺。師匠の腕をとり、投げへと変化することで逃げる。
 しかし師匠は投げられた勢いを殺さず着地し、そのまま俺の身体を引き上げる。
 ……まずい!
 そう思ったときには、身体は宙に浮き、衝撃。地面に叩きつけられ、呼吸が止まった。
 だが、苦しんでいる暇はない。視界には、死神の鎌に等しい肘が。
 無理矢理身体を捻り、間一髪。少しでも反撃に移るべく、足を鋭く振って牽制する。
 師匠の身体が仰け反り、重心が後ろに傾いた。わざとだろう。
 だが。
 ……罠だとわかっていても、踏み込まなければ勝てない!
 だからこそ、拳を振りかぶり――師匠の足を、足で引く。
「フェイント!?」
 崩れていた体勢が原因で師匠の両足が浮かんだ。振りかぶった拳は、このときのためのもの。力を溜め、振り下ろす!
 防御を殴りつける感触。地面から伝わる振動。
 相手を地面に倒しても手は緩めない。重心を師匠へ向けて崩し、肘で首を刈りにいく。
「甘えよ」
 師匠が転がり、俺の一撃はあえなく地面へと吸い込まれる。そして気付く。
 ……腕に衝撃がない?
「そ、たまたま土が軟らかいんだよ、そこは」
 柔らかすぎる土のせいで動作が遅れる。防御が間に合わない。
 痛烈な一発。あまりの重さに、動くことさえ許されない。
 刹那、意識が飛ぶ。
 気付けば、目の前に追撃の拳が止められていた。
 拳ごしに師匠のしたり顔が見え、少しだけ悔しく思った。
「へっへー。あたしの勝ちさね。まだまだ弟子には負けんよ」
「また、負けか。いいところまで行ったと思ったんだが」
 立ち上がり、服についた土や落ち葉を払って落とす。
「さって、今日は立てなくなるまでやろうか。準備はいいかい? ダメでも始めるけどね」
「だったら聞くまでもないでしょう!」
 俺の泣き言は無視され、修行は夜通し続くのだった。