気づいてね!
本音を言えば、洋介は夏美にほのかな恋心を抱いている。
しかし、二人の関係がここまで険悪になってくれば、もう先は見えて来ない。
今ここで夏美の好きな寿司屋に誘わないと、彼女はますます対決姿勢を取って来ることだろう。
そして、業務に支障も来して来る。
洋介はとにかくそう読み取った。
そこで、ここは大人となり、社内メールで、
「夏美さん、今夜寿司屋で、二人だけの研修会をやりませんか? 是非参加して欲しいのですけど」と送った。
すると、いつの間にか席に戻って来ていた夏美が、洋介のところにとことことやって来て、「洋介さん、資料直しておいたから、もうあの娘には頼まなくていいよ」と仰るのだ。
「なんと現金なものだろうか」と洋介は驚いた。
しかし、その夜、久し振りに夏美と寿司屋で楽しい一時を過ごした。
その後、夏美を駅まで送って行く途中、強気な夏美が急に泣き出してしまうのだ。
そして涙を滲ませて言う。
「洋介さん、まだ気づいてくれないのね」と。
「あれっ?」
洋介は驚いた。
なぜなら、今の二人の関係、
「この段階で、寿司屋へ招待する以外に、まだ気づくべきことってあるのかなあ?」と自問自答する。
洋介は暫くして、「ああ、そうだったのか」と男の勝手な思い込みをする。
そしてアルコールのせいもあったのだろうか、遂にポロリと口にしてしまうのだ。
「夏美さん ・・・ 俺本当は、夏美さんのこと ・・・ めっちゃ好きなんだよ」
そして勢い付けて、夏美をぐっと抱き寄せて ・・・ 路チュー。
洋介は朝の一言を受け、今日一日何かに気づこうとした。
そして、独りよがりにもほどがあるが、きっと夏美は俺のことが好きなんだと、自己中で気づいた。
結果、あっと言う間に洋介は告白し、夏美の唇を奪ってしまうまでに至ってしまったのだ。
しかし、夏美からは涙以外に特に大きなリアクションはない。
「きっと夏美は、単に行き掛かり上、ハズミでそうなってしまっただけだと思いたがってるんだろうかなあ ・・・
いや、ひょっとしたら、まだ俺が気づいてない何かを、考えているのかも知れないなあ」
洋介はそんな混沌とした思考を巡らせながら、アパートへと戻って来た。
そして今、冷えたベッドに潜り込んでいる。
「気づくということは、ウニやアワビのお金もかかるけど、突然に新たな人生の局面を創り出すものなんだなあ」
こんな変ちくりんな高ぶりの中で、暗闇が洋介に覆い被さって来る。
そして、深い眠りへと落ちて行くのだった。