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てっしゅう
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「愛されたい」 第五章 事件と転機

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「おばあちゃん、有里はね思い出したことがあるの。中学に入る前だったから、六年生の春休みだった。おたふく風邪に罹ってすごい熱で入院したとき、お母さんこうしてずっと傍に付き添っていてくれたの。目が覚めてお母さんの顔を見て嬉しかったから、今度はお母さんが目を覚ましたときに有里の顔を見てきっと安心してくれるってそう思っているの」
「そうね、お母さんあなたの顔を見たらきっと喜ぶわ。女同士ですもの、分かり合えることがたくさんあるのよね。おばあちゃんね、あなたのお父さんのことで心配していたけど、有里ちゃんを見て智子が大丈夫って今思った。これからも助けて行ってあげてね」
「うん、大丈夫だよ、おばあちゃん。有里はお母さんの支えになる。もう二十歳なんだもん」
「そうか、有里ちゃん成人式だね、来年は。おばあちゃん綺麗な着物作ってあげるよ」
「ほんと!着物って作れるの?」
「私たちの頃はね女は和裁を習っていて簡単なものは自分で作って着ていたの。特に田舎はね。振袖はさすがに作れないから、頼むけど、襦袢や浴衣ぐらいなら作れるから任せて」
「すごいね、おばあちゃんって。有里は裁縫は得意じゃないからダメね。でもお料理は結構得意なの」
「そう、結婚したらご飯作ることが一番になるから有里ちゃんは安心だね。智子はお嬢さんに育てたから、何も出来ないけど気持ちは優しい子だったね。伸一さんのこと本当は好きなのにね・・・」
「おばあちゃん・・・」

窓の外がうっすら明るくなってきた。個室のソファーで多恵子と仁志は眠ってしまっていた。

すっかり窓の外が明るくなった。有里が握っていた智子の手が動いた。
「お母さん!目が覚めたの?」
有里の顔がボーっと見えた。
「有里・・・ずっと傍にいてくれたの?」
「うん、手を握って起きてたよ。もう大丈夫そうね、安心した」
「ありがとう、お母さん嬉しい・・・」みるみる目から涙がこぼれ出した。それを見て有里は智子に抱きついた。
「お母さん・・・」二人は強く抱き合いながら泣いていた。

その声に多恵子も仁志も起こされた。
「智子、目が覚めたのね。良かった」
「お母さん、お父さん、ここに居てくれたの?すみませんでした」
「ううん、いいのよ。有里ちゃんに知らされて飛んで来たの。智子の容態が良く無いって聞いて心配していたけど、来て良かったわ。これで安心して帰れるから」
「ありがとう・・・まだ頭がふらつくけど、二三日すればきっと元通りになると思うわ。あんな思いもう二度としたくない・・・」
「そうね、酷い目にあったわよね。会社にも責任取ってもらわなきゃいけないよ。これは事故なんだから。伸一さんに立ち会ってもらってはっきりと言いなさいよ」
「お母さん・・・私が食中毒って解ると会社は大変なことになるのよ。そのことを考えると、穏便に済ませた方がいいと思わない?」
「それは、会社のために良くないよ。同じことが繰り返すから」
「お母さん!おばあちゃんの言うとおりよ。お父さんに掛け合ってもらえばいいから、私から話そうか?」
「ううん、いいの。お母さんが話すから」

智子が元気に目覚めたことを有里は家に電話をして伸一と高志に話した。「良かった」と二人とも喜んでいた。
「お父さんは今晩来てくれるの?」有里の聞いたことに、
「行くよ」とだけ返事した。

病院側から原因を調べたが、食べたものの種類が多くて何が病原菌を持っていたか判別出来なかった、と言われた。それはそうであろう。なにせ数十種類の食材とあらゆる調味料を使って腹一杯に食べてしまっていたから、普通ではなかったのだ。

事情が事情だけに、病院の医師は会社の担当者に連絡をすると言った。横井が受けた一本の電話がすべてを変えてゆく。

「はい、名古屋フーズ受付の小林です。名大病院の宇佐美さま・・・お世話になります。それは横井というものが担当ですので代わります。お待ち下さいませ」横井が電話口に来た。
「名大病院の宇佐美先生からお電話です」
「病院から?なんだろう・・・はい、代わりました。横井です」
「私は内科医の宇佐美と言います。昨日救急車で楠本さんと言われる女性が運ばれてきました。意識が薄い状態で激しい嘔吐と下痢が見られ、調べましたら病原性の大腸菌が検出されました。今回復されてお聞きしましたところ、仕事中に食べたものが原因だと推測されますので、ご連絡させて頂きました」
「楠本さんがですか・・・病原性の大腸菌、O-157とかでしょうか?」
「はい、そうだと思われます。幾つか症状の原因菌は考えられますが、激しい症状の主因は157だと思われます」
「解りました。すぐに病院に伺います。楠本さんには面会できるのですか?」
「多分大丈夫だと思います」
「保健所に連絡しないといけませんね」
「そうですね。他にも感染者が出ると大変な事態になりますから」
「ありがとうございました。直ぐに連絡します」

横井は電話を切って、びざが震えるほどのショックを感じた。
「課長!大丈夫ですか?」受付の小林が心配そうに聞いた。
「大変なことになった。直ぐに社長に会ってくる」

社長室から出てきた横井はその足で病院に向かった。智子以外の誰もが何ともなかったのに何故だ?そう繰り返し考えていた。あの時食べていたのは、智子以外に派遣の二人、そして自分とその誰もがなんともなっていないことが不自然に思われた。何が原因なんだろう?どの食品が感染していたのであろう。全く解らなかった。

病室に横井はやって来た。
「この度は大変申し訳ないことをいたしました。責任者として謝罪させて頂きます」深く頭を下げた。
「課長、後で二人だけでお話したいことがあります」智子はそう言って、有里や両親に目配せをした。

「智子さん、大丈夫ですか。苦しかったでしょう。なんともお詫びの申し上げようがありません」
「課長、もういいんです。私は助かりましたから。済んだ事を課長に責めても解決しませんから」
「ありがとう、そう言ってくれると助かるよ。会社は保健所の検査を受けることになった。数日間の営業停止は免れないよ」
「そうですか、仕方ないですね。課長が悪い訳じゃ無いんですから、あまり気を落とされないほうが宜しいですわよ」
「やさしいなあ君は、こんな目に遭わされたと言うのに・・・何故智子さんだけが食中毒に罹ったのか考えていたんだけど思いつかないんだ。何か気になること思い出せるかい?」
「私なりに考えていたんですが、あるとしたら一つ思い出したことがあるんです」
「そうかい、何それは?」
「はい、淑子さんが作られた春巻きですが、最初の一口は感じなかったのですが、二口目は少し肉が生っぽく感じたんです。調味料の味が利いていてこんなものかと疑わずに全部食べてしまいましたが、その指摘を派遣の方は口にされませんでしたので、私の勘違いかと思っていました」
「どういうことなんだろう?智子さんが食べた春巻きと派遣の人が食べたものが違ってたと言いたいの?」
「そこまでは解りませんが、それ以外の口にしたもので違和感は何もありませんでしたから、もし原因があるとしたらそのことしか考えられないんです。その日は朝も抜いて行きましたし、帰ってからも何も食べていませんでしたから」