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てっしゅう
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「愛されたい」 第五章 事件と転機

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休憩室で休んでいた智子はみんなが食べ始めた昼ごはんを自分は食べられなかった。お腹を空かせようと、外を歩いてくると課長に言って、外に出て行った。工場内の敷地を何度も歩き回って、昼休憩が終わるチャイムで職場に戻った。ウォーキングの効果があったのだろうか、午後からの試食に手をつけることが出来た。

初日のメニューをすべてこなした智子は、派遣社員から、「明日も頑張って下さいね」と勇気付けられ、「はい。宜しくお願いします」と答えるしかなかった。重い足取りで家路に就いた。会社の玄関を出たところで、横井に呼び止められた。

「楠本さん、ちょっと待ってください」
「課長、なんでしょうか?」
「あなたも自分のアイディアを出して欲しいのです。こんなもの作ったら売れるんじゃないかと言うレシピを考えて置いてください」
「私がですか?文子さんや淑子さんが考えられたらよろしいのに」
「彼女たちにも同じ事を言ったよ。キミも頼むよ」
「はい、考えてはおきますが・・・いいアイディアが出せないかも知れません」
「それならそれでいいんだ。頼むよ」

翌日、文子、淑子、智子の三人が出したレシピをデザイン担当が見た。
「淑子さんのレシピで作ってみましょう」そう決定した。材料を買い揃えて明日持参するように指示された。淑子は早めに会社を終えて、スーパーに立ち寄り買い物をした。そして翌日、淑子の提案した“牛肉のにんにくソース生春巻き”の調理が始まった。自分で作ったサンプルを智子に差し出した。にんにくが利いていてスパイシーな香りと、調味醤油が絶妙な味をこしらえていた。

「とっても美味しいです!」一口目でそう感じた。二口三口と食べると肉の味に少し違和感を感じた。自分の舌がにんにくと調味醤油の刺激でおかしくなっていたのだろうと、一旦水を飲んで、再度食べてみた。同じ味がしたが、出された小さなサンプルはそうして完食した。
「どうでしたか?」の質問に、「とても美味しかったです」と返事した。後から作ったもう一つのサンプルを担当者は口にした。
「これはすごい!絶妙なたれの味がしている」そう絶賛した。

淑子はほくそえんだ。褒められたことにではない。智子が疑わずに全部食べたことにだ。

その日の午後になって、試食の途中で智子はお腹が痛くなってしまった。食べ過ぎなんだろうと、一旦中座して医務室で腹痛の薬を貰い飲んだ。しばらくして一旦収まったので、現場に復帰して続けていた。この日も出されたサンプルは全部試食した。苦しいお腹をさすりながら、バスに乗って家路に就いた。

帰ってきてからまたお腹が痛くなってきた。有里に話して、飲み薬を飲んで早めに寝た。
「お母さん大丈夫?試食させられるって言ってたよね?無理して食べたんじゃないの。後で見に来てあげるから、心配しないでもう寝て」
「ありがとう。そうするわ。お父さんにもそう言っておいて」
「解ったよ」

有里は伸一の部屋をノックして、智子の具合を話した。「ふ~ん」とだけ言って何も話さなかった。そんなものだろうとは思っていたが、自分の夫だったら絶対に許せないと思った。

入浴を済ませて部屋に入って寝る前に有里は智子の部屋をのぞいた。ベッドの傍によって、
「お母さん大丈夫?」と聞いた。返事が無い。寝ているのだろうか。顔を覗き込んだ。すごい汗と、小刻みに震えている様子に気付いた。
「お母さん!どうしたの!お母さん!」その大きな声に、まだ起きていた高志が走って部屋に駆け込んできた。
「姉ちゃんどうしたんだ!」
「お母さんが変なの。お父さんを呼んできて!」
「解った」

伸一は様子を見て直ぐに救急車を呼ぶように有里に言った。間もなく到着して、深夜の住宅街にサイレンを響かせながら智子を乗せて、病院へ走り去っていった。
「お母さん、どうしたの!お母さん!」救急車の中で有里はずっとそう叫んでいた。家に残った伸一と高志も落ち着かない。台所で有里からの連絡を今か今かと待っていた。

救急外来に着いた智子は直ぐに便検査と血液検査を受けた。解熱のための点滴を受けながらほぼ意識はなくなっていた。有里もしばらく待たされた。

医師から告げられたのは、食中毒だった。それも危険な病原性大腸菌に感染していると言うものだった。

目の前の医師に「母は大丈夫なのですか?」と有里は尋ねた。医師は、「危険な状態です。ショックを起こすと危ないので、直ぐにICUに移します。ご主人かご両親に来て頂けるように連絡して下さい」その返事を聞いて電話を家に掛けた。

「お父さん?お母さん危険なんだって、直ぐにここに来て欲しい。こんな時間だけど武豊のお母さんにも電話しておくから」
「解った。高志と直ぐに向かう」
長い呼び出し音が続いて、多恵子は電話に出た。
「はい・・・もしもし・・・ああ、有里ちゃんかい、どうしたのこんな時間に」
「おばあちゃん!お母さんが・・・」そう言って後は言葉にならなかった。
「有里ちゃん!しっかりして!智子がどうしたの?」
「今病院なんだけど、食中毒で危険な状態って先生が言われたの」
「何ですって!何でそんなことになったの?」
「お母さん会社で新製品の試食をやらされていて・・・よく解んないけど、今日帰ってきたらおなかが痛いって言って早くに寝たんだけど、夜になって意識が無くなって、救急車で運ばれたの」
「おじいちゃんを起こして、今からそちらに車で向かうわ。どこの病院?」
「うん、名大病院」
「鶴舞(つるまい)だね?」
「そう」

智子は名古屋の中心に近い鶴舞公園横にある国立大学付属病院に運ばれていた。直ぐに伸一と高志はやってきた。誰もいない薄暗い一階のロビーで有里は待っていた。
「お父さん!高志!」顔を見るなり、身体を寄せるようにして泣き出した。
「有里、大丈夫だよ。お母さん、死んだりなんかしないから」
「そうだよ、お姉ちゃん。食中毒ぐらいで死ぬものか」

伸一はもしもの事をチラッと考えたが、直ぐに否定した。そんなことがあるものか、そういう気持ちのほうが強く感じられたからである。三人は話すことも無くただ時間が過ぎて行った。間瀬の両親もやがて到着した。
「伸一さん、心配ね。有里ちゃんから聞いてビックリ・・・」
「お義母さん、お義父さん、ご無沙汰しております。私も驚いているだけで、何も解りません。多分医師の方からそのうちに説明があろうかと待っているんです」
「一緒に待たせてもらうわ。智子・・・どうしちゃったのよ」

多恵子も有里の手を握りながら何も話すことが出来なかった。

深夜になって医師から容態が安定したと聞かされた。ロビーにいた有里たちは、ほっと胸をなでおろしていた。間瀬の両親と有里だけ病院に残って、伸一と高志は家に帰った。個室に移された智子の傍に有里が寄り添う。冷たい手を握り締めながら、顔をじっと見ていた。鎮痛剤と睡眠導入剤で眠らされている智子の顔はまだ青白いままの状態だった。

「お母さん、良かったね。目を覚ますまで有里がここにいるから、安心して眠ってて」
それを聞いた多恵子は、
「有里ちゃんは大人になったね。お母さんも安心だ。本当にいい子に育ったね、おばあちゃん嬉しいよ」夫の仁志もそれに頷いた。