キジン×ヘンジン×サツジン
「ちゃらちゃちゃっちゃっちゃっちゃー! ノックもせずにドーン!」
そう言い、僕は扉を開けた。
疑衣さんはなにやら本を読んでいたようで、それを閉じながらこちらを向いて、
「やぁ、よく来たね。もう充分に楽しんだだろう? さぁ、ゆっくりしていってくれ」
僕らの後ろを指差していう。
それに対して笑顔で、
「ええ、ゆっくり楽しませてもらいます」
その答えに、彼は口の端を少し上げ、
「ほう、それはそれは。重畳重畳、善き哉善き哉。とんだ災難に逢ったものだね」
「ええ、まったくです。『遭った』、ならまだよかったんですが」
そんな会話を繰り広げた。
すると、
「あの、二人とも何を言っているのですか?」
と、沙織ちゃんに訊かれる。
それに対し僕は、
「ふふふ、なに、ちょっとした愚考を口に出しているだけだよ」
しかし、疑衣さんは、
「うむ、この会話は非常に難度の高い妄言だな」
にやにやと笑みを湛えながらいう。
「疑衣さん、少し加減してください。沙織ちゃんがついてこれないですから」
「ふはは。申し訳ない。まさか返答されるとは思っていなかったのでね」
「?? いったいどういうことですか?」
沙織ちゃんはさらに混乱してしまったようだ。
「ああ、解説してあげるよ。まず疑衣さんが、」
「『どんな来訪の仕方だ。そんな風に楽しむならば、さっさと帰ってくれ』そう皮肉を言ったのだよ」
「それに対して僕が、『ゆっくり楽しませてもらいます』と、皮肉を利用してそう言ったんだ」
「だから、皮肉とわかっているのか試すために、『それは最悪だ。災難に逢うとはこのことだ』と、返した。このときの逢うは、人に逢うとして使うものだ。つまり、『お前は災難のような奴だな』。そう言ったわけだ」
「そんなことを言われた物ですから、『遭ったならよかったですね』と皮肉で返したんですよ。こっちの『遭った』は事故とか災難とかに使う方です。つまるところ、『本当に災難に遭えば良いのに』と言ったんです」
「勿論、冗談のつもりだが、理解してくれないことがほとんどでな。冗談だとわかり、しかも内容に沿った返答までくれたものだから、舞い上がってしまったのだ。すまないね、幽霊のご令嬢」
ここまでのすべての会話と同様に、まったく感情を見せずに、彼はそういった。
これだから詐欺師は恐い。
無表情ではなく、無感情なのだ。
それはさておき、彼の部屋はまったくと言って何もなかった。
もともと部屋に備え付けてあるものを除けば、かばんのようなものすら見当たらない。
おそらく、これも詐欺師としてのスキルだろう。
「ところで、俺の部屋に来てもなにもないぞ。せいぜい俺がいるだけだ。俺すらいないやも知れんがな」
「そうですね。時間つぶしのために回っているだけですから。では、疑衣さんとの会話も楽しんだことですし、そろそろお暇します」
「ふふ、時間つぶしの暇つぶしでありながら、お暇とはな」
「まぁ、そんな感じです」
意味がありげで、意味のない言葉を交わし、疑衣さんの部屋を後にした。
彼との会話を思い出し、僕の愚考もここまでくるとたいした物ではないかと、錯覚を覚える。
所詮錯覚は錯覚だが、錯覚とは事実がどうであろうと認識としては別の事柄に見えることを言う。
つまり、事実を確認できない事柄というのは、錯覚ですら答えになりえる。
そう考えれば、悪い物でもないかもしれない。
だが、僕の愚考においては、それは逆の理を表す。
しかも、矛盾すら許容するのだから、たちが悪い。
……ああ、どうにかなりませんかねぇ。
そんな愚考すら生まれた。
愚考に愚考を重ね、愚考とはなんだろうと、そんな愚考すら始めると、いつの間にやら僕は、空岸さんの部屋の前にいた。
今までと同じように、ノックもせずドアを開けようとしたが、開かない。
どうやら鍵がかかっているようだ。
しかたがないので、さらに隣の、通間さんの部屋に向かった。
毎度のことだが、ノックなしで突然開ける。
「パラパパーパーパーパッパパー! どうも、こんにち――ぐはッ!」
ドアが自分の方に戻って来て、顔面をしたたかにうちつけた。
……か、顔にダメージが多い日ですね。
「おうおう、ノックなしは礼儀がなってねえぜ。親しき仲にも礼儀あり。親しくねえならよけいだろうよ」
「す、すいません。失念していました」
「ま、良いってことよ。次からァ気ィつけろよ?」
にらまれる。
顔は笑っているが、目はマジだった。
次の部屋からはきちんとノックをしよう。
そう心に刻んだ。
すぐに磨耗してしまう気もするが。
部屋を見回すと、汚い。
どこから拾ってきたのかわからないが、雑多な物があちらこちらに転がっている。
どうやったら短時間で、ここまで汚くできるのだろうか。
訊いてみたい気もするが、本能が踏み入ってはいけないと警告したので、踏みとどまる。
「で、部屋ん中キョロキョロ見てなんだってぇんだ。なんか用か?」
「いえ、用というほどの物では」
「ハン。ならとっととけェれ。オレァ忙しいんだ。しっしっ」
追い出されてしまった。
こうなった以上再び入る訳にもいかず、北棟に行くことにする。
「ちょっとだけ恐い人でしたね」
沙織ちゃんがそんなことをボソリとつぶやいた。
「そうだね。僕なんて怒られちゃったしね」
苦笑しながらそう返すと、彼女は、
「……十一月二十九日さんは恐くなくてよかったです」
どこかはにかんだような、そんな表情で言った。
「わからないよ。僕だって恐いときはあるんだから」
「どんなときですか?」
「今だよー。ガオー」
おどけてそう言う。
「キャー」
意外にもノリが良い。
悪ノリして思い切り抱きついた。
「キャー! そ、それはやりすぎです! は、離してください!」
怒られた。
本日二度目。
ちなみに言えば、悲鳴を上げさせたのも二度目。
なかなかにハッチャけていた。
反省しつつ、謝罪。
許してくれたので、反省を生かしてノックをする。
一つ目の反省と二つ目の反省は内容が違う?
細かいことは気にしない。
兎にも角にも、本日初のノックなのだ。
中からネネちゃんの声が聞こえ、扉が開いた。
「はい、どうしたんですか?」
「ちょっと遊びに来たよ」
「わたしも、一緒です」
「うん? なにも面白い物はありませんですよ?」
そんなことを言うが、
「魔女見習いなんですから、そんなことはないでしょう。と言ってみたりして。実際、あってもなくてもいいんですよ。それに関してはそれほど期待していませんから。僕が期待しているのは女子高生の部屋、という一点のみです」
「最後の一言が余計です。一気に入れたくなくなりましたです」
「そんなこと言わないで。お、お願い。少しだけ、駄目ですか?」
沙織ちゃんが小動物オーラ全開で訊く。
「う……。わかりました。沙織ちゃんに免じて入れてあげます」
「わーい、やったー」
僕が嬉々として入っていき、
「ありがとう、ネネちゃん」
沙織ちゃんはお礼というのも少し変だが、一言告げて、入った。
部屋の中には妖しげな雰囲気の漂う不気味な物がいっぱい――ではなく、普通の部屋だった。
作品名:キジン×ヘンジン×サツジン 作家名:空言縁