Stern
太陽の光が痛いほど眼に刺さる。真夏の光。尖った刃のよう。
それでも人々は無謀にも外に出る。家族で出掛ける人もいれば、遊ぶ学生もいて、仕事に追われる人もいる。
休日の午後。
こんな日は家の中でのんびりとしていたい。
だけど、
「悪い、遅くなった」
この炎天下の中、紫外線に脅える年頃の女性を待たせるという暴挙にでた男はそう言う。
私の前ではそのくらいどうとも思っていないだろう。長年の付き合いで分かる。
これが最愛の彼女であれば大問題だろうけど。
「まったく、どーゆーことよ。人に頼みごとをしたくせに、遅れるって」
「今日は会えないって電話をしたら思いのほか反発してきて」
「・・・・・・・・・ふーん。華月ちゃんとの電話なら私を待たせてもいいと。そう」
まあ洸ならそうだろうけど。
「すまん。おごるから」
「三回分」
私は洸に三本指を突き出すと、洸はしぶしぶながら了承した。
「でも、珍しいわね。華月ちゃんが反発するって」
反対側からくる人達にぶつからないようにしながら私達は歩を進める。
「というより、外に出るなって何回も言ってきたんだよ」
「それってやばいんじゃないの」
どうも華月ちゃんはその手の勘が鋭い。
「でも、華月のためだし」
こんなお出掛け日和の日だというのに洸が華月ちゃんとではなく私と一緒にいるのはそれなりの理由がある。
「それにしても、すごいことを考えるわね。いくら華月ちゃんのためとはいえ、ここまで凝った事をするなんてね」
「そのためにバイトをしてきたんだし、そのせいで華月に寂しい思いをさせてきたし」
洸が言うように、最近の洸の労働量はかなりのものだった。暇さえあればバイトに精をだしていた。
そして、華月ちゃんがどれほど辛い思いをしてきたかも私は知っている。
二人が幸せでいるからこそ、その反動は大きかったように思う。
だけど、その辛さも今日で終わる。明日きっと華月ちゃんは最高の笑顔を洸に見せるだろう。
「せっかく二十歳になるんだから盛大にやらないとな」
明日は華月ちゃんが大人の仲間入りをする日。
「はいはい分かりました。これ以上のろけられたら本当に暑さで倒れるわ」
私はそう言って二つの暑さから逃れるために近くの喫茶店に入った。
「だいたい、よく覚えてたわね、華月ちゃんの誕生日」
私がその話をし始めたのは、ちょうど注文したアイスコーヒーがやってきた時だった。
「それくらい覚えてるだろう普通」
「私の誕生日を忘れた」
洸が一口飲もうとするタイミングを狙って私がそう言うと、見事その作戦は成功して、洸は何度も咳きをした。
「・・・・・・・・・あれは、まあ、なんと言うか、長年の付き合いのせいで・・・・・・・・」
「長年の付き合いで当時自分の恋人だった人の誕生日を忘れたんだ、あんたは」
「いや、だから、悪かったと」
その言葉を聞いて、私はほくそ笑んで、
「さっきのおごり五回分に増やすなら許す」
私は掌を開いてみせると、洸は今月金ないのにと言って頭を抱えた。
「でも、まあ相手が華月ちゃんなら当然か」
私はストローでグラスの中の氷を無意味にかき回せながら言った。カラカラとなる音が心地いい響きだった。
「私ね初めてあんたと華月ちゃんが一緒にいるとこを見て思ったの。この子ならあんたを幸せにしてくれるって、確信したの。ちょっとくやしかったけど。でもそれよりもその気持ちの方が強かった。
それに、華月ちゃんはいい子だしかわいいしね。
だから・・・・・・・・・・」
私はストローをグラスから引き抜いて洸の顔に向けた。
「これからも、幸せでいなさい。あんたのためにも、華月ちゃんのためにも、私のためにも」
「もちろん、そのつもり」
その時の洸の笑顔は私の記憶からずっと忘れられないものになる。
「それじゃ、今日は悪かったな」
夕暮れ時。オレンジ色の太陽が眩しい。
私達はあれから明日のための買い物をした。そのために私が必要とされた。
「じゃ、楽しみなさいよ」
「来るか。明日」
「まさか、恋人同士の語らいを邪魔するわけにはいかないわよ」
「まあ、一段落ついて気が向いたら電話する」
「了解。それじゃ」
私達はお互いの帰り道のほうに体を向けてそのまま別れた。
だから、その時の事は見なくて済んだ。
それが唯一の救いだったのかもしれない。