天通商店街
店は開いたが、アーケードの通路の上には相変わらず人の気配が無い。開いた店の中を覗いた私は驚いて、思わず足が止まった。いや、恐怖で凍りつき、その場から動けなくなったのだ。
商店の中に居たのは、まさしく異形、妖怪、物の怪、怪物。他にどう呼ぶのかは判らないが、間違いなく人ではない。
そこはどうやら肉屋のようだったが、肉の並べられたショーケースの向こう側に立っているのは、何処からどう見ても牛であった。それでいて大きさは人間くらい、更には服まで着ていた。
私が立ち止まっていることに気付き、引き返してきたらしいハルが声を掛けてきた。
「どうしたの、ミツ?ここに寄りたいの?」
呈してきた質問は的外れもいいところだった。
それとも肉屋の主人が牛なのは当然のことだっただろうかと考えた。いやいややはりおかしい。
そう思って他の店に視線を投げると、どうしたことか何処の店でも店先にいるのは異形だった。隣の店主と会話を交わしているらしいのもいる。
「やあ、みっちゃん。いらっしゃい。久しぶりだね」
肉屋の牛が口を利いた。しかも「みっちゃん」とは私のことだろうか。怖い……そう思った。
「どうしたの?怯えているの?彼らとは姿が違うだけ。それだけだよ?」
私のようすを感じ取ったのか、ハルはそう言った。
何故かは判らない。ただ、ハルがそう言っただけで不思議と安心出来た。それに動揺して気付かなかったが、肉屋の店主は私を知っているようだった。
「あ、あのう……」
思い切って口を開いてみたものの、私自身には覚えが無く、何を言ったものか全く思いつかなかった。
不意に肩をつつかれた。ハルだ。にこにこと私が手にしたままのチケット綴りを指差している。
「え?これ?」
訳が判らずにいる私の手から、ハルはさっとチケットを奪うと、中から一枚を千切って店主へと差し出した。
「毎度」
チケットを受け取った店主は、にっこりと牛の顔を歪めて笑うと、揚げたてのコロッケを二つ、差し出してきた。一つはハルに。そしてもう一つを私に……。
あつあつのコロッケを受け取り、どうしたものかとハルの方を見ると、笑顔で大きく頷いた。それに促されるように一口、コロッケを齧る。
揚げたてのコロッケはホクホクで、とても美味しかった。牛のひき肉とじゃがいものみの、とても素朴なコロッケ。何故かとても懐かしい気持ちになった。