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天通商店街

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 何だかよく分からないが、出来れば関わりたくない手合いだ。このまま引き返そうかと思いあぐねていると、店の中にさっと影が差した。
 不意なことに驚いて固まっていると、続いて中から人の頭が差し出された。男性、いや、まだ少年のようだった。
 少年は店から身体を乗り出し、首を巡らせて見回すような仕草をした。ぱちり、目が合う。しまった、と思ったが、もう手遅れだった。
 少年はにっこり微笑むとこちらへ向かって手招きをした。
 正直、気が進まない。このまま走って帰ってしまおうかと思った。躊躇っていると、少年は大声で呼び掛けてきた。
「何をしているの?早くこっちへおいで」
 とても初対面の人間への敬意ある声の掛け方とは言えなかった。
 ややむっとして、少年に恨めしい視線を送る。だが少年の方はこちらの様子などまるで気にしていないようだ。
「いいからおいで。おいでったら!」
 あまりに少年が必死なので、何をそんなに呼ばうことがあるのかと、毒気を抜かれるのと同時に少し興味が湧いた。
 警戒は緩めず、そっと店の側へ寄る。そんな私の様子に少年は再びにっこりと微笑んだ。そして嬉しげに声を張り上げる。
「ようこそ!天通商店街(あめどおりしょうてんがい)へ!」
 嬉しそうな少年とは対照的に、私は面食らって、折角店の側まで運んだ足を二、三歩後ろへと戻した。
 一体この少年は何なのだろう。一体この死に絶えた商店街で何をしているのだろう。もしかして人が居ないのをいいことに「お店やさんごっこ」でもしているのだろうか。それにしては電気看板なんかが用意されているのはおかしいが……。
「申し遅れました。僕の名前はハル。この魔法発券所の店主を務めています。それから、この商店街の案内役も……」
 急に丁寧な営業口調になった少年は、ハルと名乗った。そして台の下からチケットの綴りを取り出すと、こちらに向かって差し出した。束は分厚く、百枚くらいはありそうだった。表紙には「天通商店街引換チケット」と書かれている。
「これはね、魔法のチケットなんだ。一枚一枚に魔法が込められているんだよ。これはミツの分。君のためだけに用意されたものだ。あ、そうそう、お金なんかは取らないから安心してね」
 私は今一度驚いてハルの顔を見た。何故彼は私の名前を知っているのだろう。やはり記憶は戻っていなかったが、もしかしたら私の知り合いなのだろうか。それならば馴れ馴れしい口の利き方も多少は納得出来る。
 だが、言っていることの意味はいまひとつ理解が出来なかった。やっぱり何かの遊びなのかもしれない。
「このチケットでこの商店街の中を見て回るんだ。いろいろな人に会えるし、いろいろなものを見られるよ。さあ、受け取って」
 ハルは一際腕を前へ伸ばし、チケットの束を私に突き出した。そのハルの顔をよく見てみたが、覚えがあるようなないような、やはり彼を思い出すことは出来ない。少し躊躇った後、私はチケットを受け取った。
 チケットに手を触れた瞬間、地鳴りのような音が起こった。あまりの大きな音に驚いて、受け取ったチケットを取り落とした。それが商店街中のシャッターが一斉に開いた音だったとは、ちょっと気がつかなかった。
 一体何が起こったのかと、こわごわ周りを見回してみる。信じられないことに、アーケードの中には明々と電灯が点き、商店は余さずシャッターを開いていた。商店は一瞬にして極彩色に彩られていた。今までの死に絶えた空間は、まるで無かったかのようだ。
「え?」
 その状況を受け入れることが出来ず、間の抜けた声が出た。
「どうしたの?……落としたよ、はい」
 いつの間に店の外へ出てきたのか、ハルが私の落としたチケットを拾い上げ、手渡してきた。
「さあ、行こうか。僕が案内するよ」
 何がどうなっているのかと疑問を投げようとした私を遮り、ハルはつかつかと先に立って歩き出した。私も仕方なくそれに続く。
作品名:天通商店街 作家名:牛頭馬頭