貝殻
葉子につぎ会う時この件を確かめてみたいが、現実がそうは許さなかった。そして、つぎの水曜へは社を挙げた企画がある。それを集中させる頭しか、わたしは不器用にも使い道を利用する容量がなかった。
簡略化して仕事をこなすことは無い、少なくともわたし自身は。器用でない自分にとり、そんな余裕が無い事もあるが、理性がそれを許さない。常に前向きでアグレッシブな僕で在り、今後もそう、在りたいと願って止まなかった。プライベートもそうありたいね、なんて茶化した、考えもわたしは産まれ、此の方、一度も得た試しはない。仕事外の相談はなんだろう?期待半分、絶望みたいにしょげる内容への不安も込みで、坦々と前向きに夕刻への活力への昼食をとり終え乱れ勝ちにみえるほどのパワーで、葉子ともからみ仕事へ神経を傾けて個性のある出し惜しみしないノルマをこなしつつあった。そして、やがてときは夕刻へ。
葉子に呼び止められた。仕事のおわる直前。なんだろう。ふと、わたしは素直に疑問だった。昼の様なことで葉子の個性は言い訳、理由の補足等しない、それが疑問を感じた、理由だった。
「そんなに気にしないで。」と葉子は切り出した。ぶしつけに気にしないで、とはなんてぶしつけなんだろう。と、ちょっと不愉快に成った。でも、そんな気がしないでもない、憂鬱さが葉子から感じられた。ふたりはもう他人ではない。そう、同じ所属になったあのときより。
「昼の事かい?」と、そのまま切り返す。
「うん。そうなんだ・・。ごめんなさい。勇気が持てなくて・・・・。」
「そっか。気にしないで。よくあるよ。葉子と付き合うと。」
葉子は次にこう謂った。
「もうすぐ今日は終業ね。これからどうする。」
「うん、少し残業含みだね。筧さんは何かあるの?」
「うん、仕事やりながらでいいけど、少しね、気が滅入って居て・・。不調なの、迷惑掛けてごめんなさい。」
そうして、葉子はさきに仕事を終え、帰り支度に入った。わたしも大急ぎで残業を無為にかたし、上司の顔色を見ながら業務報告を終えた。
「この先、どうするの?」と葉子。
「ん。水曜には一段落つきそうだ。なにもかも、やっと来たって感じ、つかれたね。」わたしは好意を込めて伝えた。その中に社へ対する感謝と好意も込められていたんだ。そして、ときが過ぎ、社を出るタイミングの夜刻前になった。
すると、1階のロビーでさきに葉子がなんと、待っていた。それは何かを我慢しているような表情ではあった。そしてふたりは、それとなく自然な成り行きに委ね、歩き出した、街灯の隙間を・・。恥じらいの最中お互いに顔は見ない様に非常に気を使った。なぜか両者そうせざるを得なかった。そして、これ又、自然に繁華街の駅を目指すふたりで在った。
それとなく、相手がつぶやいた。ねぇ、こんなことって、と。それがどっちであったのかあとに成ると忘れそうな想い出と成りそうなつぶやきだった。目的もなく、駅を目指すふたりでは無い、そこには目的が介在した。なんとなくはない、お互いの意識は共存していた。とある、指向へと・・。ほぼ、無言の並行で歩いたあと上を両者は同時に見上げた。空は晴れだった、たぶん、暗くて分かり辛かったが街灯が、照らす上への視線先の空間は空の広さともう、1つの狭い空間を意味していた。暗黙の了解というべきか?夢に観た様な少なくとも感覚で、わたしは上への視線を葉子に肩のラインに目がけて落とした。そして、葉子は謂った。
「遠くを見るとキリがないわね。どんなことでも中庸である自分で居たいわ・・。」そして、ふたりはホテルに誘われた。夜は本当に夜っぽい冬の個性の暗い影と光彩の重なる遅い時刻だった。もう、日没後、3時間経過、していた。
そして部屋へ、上がる階段のまえで葉子は謂った。
「ねぇ、大丈夫かしら。こんな事って?」
「ん?自然の成り行きさ。そう、こうなるのは仕方ない。みなに謝ろう。」
「中庸で居たいは・・・。ただ、ヒタスラに。そんなことって簡単だもん・・。」
ふたりは、部屋のまえに着いた。
「うん、要はこうだ、こうしようとか思い詰めるからイケナイんだ。もっと端的に表現を絞ろう。考えて駄目なことでもやってはいけないなんてことが無い場合もある。割り切ろう。」
「はい。わかりました・・。じゃ、部屋で・・・・。」葉子はさきに部屋に入室した。あとを追って、わたしもやや遅れ目に入った。そして、ルームライトの明かりを確認し合った。
さて、どうなることだろう?とお互いはむづかし気な表情と息遣いで自然さを躍起でアピールした。しかし、やはり緊張の糸はどちらのサイドからも相手の細い、半透明の線が見える様だった。まだ、世間さまからみれば若いふたりでは在った。そこで、わたしはこの時、日曜にみたあの美しい女性を不埒であるが、こんな瞬間に思い付いてしまう。それは、肉体の想像分野だった。
こう最近の何名かの女性の姿に触れる度、同じ人間でも異性になると違った生命種とも思えるほどのことが正直ある。
そして、やがてわたしたちふたりはルームライトの明かりを手掛りにすることもなく、お互いの体をまさぐった。軟らかいタッチで在った。それはひたすらに・・。違う種の人間であるが故か、不思議と新鮮な感覚を両者は感じ取って居た。わたしは、この遣り取りの中、女性特有のやわらかさを夢中で認識しようとしていた。それは男の性(さが)であろうか。やはり男にはない軟らかさの含みを他種生物のように女性からは感じるモノだ。そして、体のぶつけあいが一段落つき、若いともいえる、ふたりは呼吸の乱れもほぼ、なしに、短い時間の功績を確認した。それはワイルドさであり、且流暢な寸劇のような投影物のように端からはみえた映像だったに違い無く疲れた表情など微塵もないエモーション・ショットであった。やがてときが経つに連れ、ふたりは落ち着きを取り戻した。そして、葉子は眠りに付く前、こう、謂った。
「微塵さの欠片もないは。こういうことって。さぁ、やっちゃおう、なんてセンチメンタルなことなんて含まれない。でも、今回はそうじゃなかった・・。結局、こうよ。独断と偏見はいい結果を産む、って。やり直せる時代を召還できるなら私はいまじゃなく、2年前、そう、あのときがいいわ。そうよ・・。愉快でたまらなかったあの時分。なにも知らなくて、ふわふわ浮かんでたあの自分。」
わたしは葉子が眠りに付いたのを確認し、安心して眠りに付けた。朝起床すると、葉子はシャワーを浴び、さきに帰宅していた。シャワールームの床の湿りが妙に感慨深く、愛着心を呼んだ。ルームからでるまえわたしは、ふと見知らぬ物体が目に留った。それは、時計であった、よくみると。しかし普通の時計ではなかった。床の隙間に落ちていた、ルームメイドさへも見落とした、指時計であった。
それを拾い上げるとわたしは部屋からチェックアウトした。時計のことは係には告げなかった。気になる形状のめづらしい時計で在った。そして、急ぎ足でわたしは帰路へ着いた。
朝出社すると、同僚で友人のKがにやにやしていつも通り語り掛けてくる。それは淫靡なエロい下品な表現種であり、憂鬱さに拍車をかけた。
「おい、冴場のこと、知ってるかい?彼女、おれと親密なんだぜ。いいか?おれは今度こそ・・。」