「神のいたずら」 第一章 始まりと嘆き
「そうよ、トンネル火災事故として大きく報道されたし。本当に良かったわ、親子で助かって・・・特に碧ちゃんは、奇跡だって、先生が言ってたのよ。覚えてないでしょうけど、みんなで祈っていたんだから」
冷静になって事故のときを思い出してみた。前のトラックがスリップして横向いたときに急ブレーキを踏んで停止した。そこまでは事故にはなっていなかった。
次の瞬間、激しい衝撃があって意識がなくなった。つまり、何かに追突されたと言う感じだろう。碧と言うこの子も、母親の由紀恵もバスに乗っていて事故にあったと聞く。
と言うことは、自分はこれからトンネルの入り口と言う場所だったので、反対車線に同じようなことが起ったのかも知れない。
十数台が巻き込まれたと言うことは、自分を含めて多くの人が死んだということなのか。
本当に死んだのか?
確かめたくなった。名古屋の両親に明日電話してみよう。自分で出来なければ看護士に携帯を借りてかけてみようと、思いついた。
寝る前におしっこがしたくなった。少しふらつく身体を起こしてトイレの前に行き、男子用に入ろうとしたとき、ふと気付いた。
「身体は女だった・・・面倒くさいなあ・・・」
女子用に入り直し、便座に座って用を足した。
「座っておしっこかよ・・・なんてざまだ・・・」
ベッドに戻って、眠りにつく。
「待てよ、このままずっと大きくなっていったら・・・普通の女になってゆくのか?嘘だろう・・・優と逢えても、結婚どころか、付き合うことも出来ないじゃないか!
一生女として生きて行かないといけないのか?・・・なんてこった」
考えていたら眠れなくなってしまった。いったい何がどうなってしまったのか考えられなくなっていた。間違いのないことは、自分は12歳の少女であること。
隼人を証明できる形や物がないこと。それに、この少女はいったいどうなってしまったのかと言うことだ。
あの大事故で神に見放された碧と言う少女、神に拾われた隼人という男性が生きていると言う事実。そのことのみがはっきりと解っているに過ぎなかった。
翌朝目が覚めて、看護士が検温に来た。
「おはよう、碧ちゃん。よく眠れましたか?お熱測りますね、わきに挟んで下さい」
「ねえ、それより着替えたいんだけど無理かな?」
「何に着替えるの?まだ退院できないわよ」
「電話を掛けに行きたいから、普通の服にしたいんだよ」
「病院内だったら、今の格好でもおかしくないわよ」
「イヤなんだよ!このピンクの変な格好が・・・せめてパジャマにさせろよ」
「解ったわ。ご両親に話してみるから待ってて。ハイ、36.2度。正常です」
「当たり前だろう・・・ぴんぴんしてるよ」
「碧ちゃん、言葉遣いに気をつけましょうね。女の子なんだから・・・」
「うるせえよ!隼人だって何度も言っているだろう、解んないのか?」
「やっぱり変だわ、この子・・・私では解らないからお手上げね。今日は午後から精神科の検診があるからここに居るのよ。お願いね」
「精神科?気なんかふれてないぞ、お前ら何も解ってないな。医者と看護士なんて結局見たものしか信じないんだな・・・」
「何を信じて欲しいの?男の子だって言うこと?」
「そうだよ。子じゃないぞ、男だ」
「ねえ?鏡見てらっしゃいよ。裸になって・・・解るから、何を言っているのか。一緒についていってあげましょうか?」
「・・・いいよ、はやくパジャマ頼むよ」
「素直にならないと損をするわよ・・・何時までも子ども扱いしないからね」
しばらくして由紀恵がパジャマを持ってやってきた。
「おはよう、よく眠れたようね。はい、これパジャマよ」
「ありがとう・・・あのう、ご親切は嬉しいのですが、俺は隼人って言う26歳の男性です。何でこの身体なのか知りませんが、事実は男性です。それだけは覚えていて下さい」
「また、言ってるの・・・あんなことがあったから無理もないけど、何かが起こっちゃったのね・・・心配しないでいいのよ、ママもパパも弥生も碧のこと信じているから・・・」
「信じるなら、碧ではなく隼人だと信じてくれ、頼む・・・」
「忘れてた。碧、これも置いてゆくわ・・・着替えなさいね」
由紀恵はそう言って、下着を渡した。手に持った碧は、「何だこれ?」と思った。優の穿いていたものに近いデザインだったが、明らかに子供用だった。
午後の診察に来たのは女医だった。それも若くてとびきりの美人・・・碧はドキッとした、いや隼人がだ。
「小野碧さんですね?精神科の早川早苗と言います。これから幾つか質問をしますので、正直に答えてくださいね」
「先生、まず言っておきますが、名前は高橋隼人って言います。訂正してください」
「はい、高橋さんですね・・・では年齢は?」
「26歳です」
「そう、生まれはどちらかしら?」
「愛知県名古屋市です」
「家族構成は?」
「父と母、妹の4人です」
「学校はどちらでした?」
「何年のときのこと?」
「今ですが・・・」
「子供じゃないよ。非常勤の講師やってた。理科と数学」
「なるほど・・・講師ね・・・」
早川はこれほどはっきりと答えられると嘘をついているとは考えられなかった。
医師として考えにくいことだったが、目の前に居る少女は何らかの影響で男性の心理状態に変わってしまったと思えてきた。
狐が憑依したとか、前世の生まれ変わりとか、先祖帰りだとか言われる不可思議な現象も伝え聞く。真実を証明できない代わりに、否定するには説明がつかないことだってある。
しばらく様子を見て、今目の前に居る少女を観察してゆこうと結論を出した。
「名前は小野碧ちゃんで通してください。でないといろんなことで困りますので・・・言葉も出来れば女性らしくなさって下さい。
ここを退院したらそうしないと社会に適合しませんから、それだけは覚えていて下さい」
「先生・・・ちょっとは信じてくれるのですか?」
「様子を見させてください。長い付き合いになるかも知れませんが、ご両親へも傷つかないようにお話させて頂きますので」
「ありがとう、やっと解ってくれる人に出会えた。先生、よろしくお願いします」
今から隼人は碧として振舞おうと決心した。
「先生、頼みがあるんだけど・・・」
「何かしら?」
「女を教えて欲しい・・・つまりどうして行けばいいのか」
「ええ、少し話してあげるわ」
隼人が気になっていた事は身体の事だった。
良く解からない・・・食べたり、話したり、動いたりする事は変っていないけど、性の部分は未知だったし感情も多分違うんだろうなあと思っていた。
早川医師はいろんな事を教えてくれた。これから起こる体の一番大きな変化のこと・・・生理。それと、男性を好きになれるのかという事。
結婚と出産を考えたら、隼人にとって一番の障害に感じられることなのだ。つまり、男として生きるなら結婚は出来ない。家族が欲しければ、男性と結婚しないといけない。
まだまだ先のことではあるが、ゆっくりと気持ちを変えてゆかないと無理なことに気付かされた。
「先生、正直言って今の俺は付き合っていた彼女のことが完全に忘れられない。俺がいなくなってきっと悲しんでいるだろうし、慰めてやりたいと思うんだ。
作品名:「神のいたずら」 第一章 始まりと嘆き 作家名:てっしゅう