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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「愛されたい」 第四章 研修旅行と淑子の嫉妬

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「智子さん!お風呂に入っていたんですか。こんな時間に」
「課長!飲み物ですか?」
「そうだよ。喉が渇いちゃって。少し飲みすぎたよ。一緒に飲もうか?」
「はい、ありがとうございます。でも、誰かに見られたら困ります」
「気にするなよ。誰も来ないって、こんな時間に」
「そんな事無いですよ。現に私と会ったじゃないですか」
「そりゃそうだけど、話ぐらいなら構わないだろう?」
「こんな時間にですか?誰だって疑いますよ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?君と話したいのに」
「無理を言わないで下さい。淑子さんに怒られますから」
「智子さんまでそんな事言うんだ!ショックだよ、何も無いのに」
「課長、皆噂していますよ・・・」
「おれはなんとも思ってないよ。当たり前だろう?13歳年上なんだぜ。無理だよ・・・」
「可哀相なこと仰るのですね・・・女性って何歳になっても若く居たいって思っているのですよ。私だって3つも上なんですから、課長より」
「智子さんは別格だよ。おれなんかより若く見えるし」
「お上手なこと・・・本気にしますわよ。長居はいけませんので失礼します。では明日」
「待って!」横井は近づいてきた。

あまりの接近に智子は少し身体を引いた。
「なんですの?急に」
「言いたいことがあるんだ。誰にも言わないでくれ」
「はい、いいですけど」
「今度ゆっくり話したいんだ。会ってくれないかい?」
「二人だけでですか?」
「誰と一緒に会おうって言うんだよ。当たり前じゃないか」
「私は・・・結婚しているんですよ。ご存知ですよね?」
「もちろんだ。だから、話だけでも構わないんだ」
「そんな事無理に決まっているじゃないですか。困らせないで下さい。課長のことは素敵な人だと前から思っています。でもそれとこれとは違いますから・・・すみません、部屋に戻りますから」
「智子さん、諦めませんから。きっとあなたに気に入ってもらえるようにするから。じゃあ、おやすみなさい」

エレベーターの扉が閉まった。ほっとするのと同時に、嬉しさがこみ上げてきた。智子は自分と横井が同じ気持ちなんだとそのことを知らされてときめいた。部屋に帰って、先に寝ている文子の寝息を聞かされながら、なかなか眠れない時間が過ぎていった。

淑子の目が光っているから仕事場ではあからさまな態度は取れない。携帯のメールか電話でのやり取りだけになりそうだと思った。口では断るようなことを言ったけど、横井が本気なら話ぐらいは構わないと、次に誘われたら断らないで置こうと決めた。でも、その次に来る誘いは断わろうと考えていた。理性が働いている自分でいたいからだ。きっと身体を許したら、メロメロになってしまう自分が怖かった。思い出せば40歳ぐらいから完全に男女の関係が夫とは無くなっていたから、我慢の限界にも来ていたし、まして横井なら若いしあの体躯だから、想像するだけで・・・

哀しいと智子は思った。こんなことを旅先で考えているなんて。夫が言った「淫乱」は当てはまるのかも知れないと、恥ずかしかった。ふと淑子のことが頭をよぎった。彼女もまた自分と同じ「淫乱」な気持ちがあるのか。夫を事故で亡くしてそれからは一人身なのだから寂しく感じての横井に対する行動なのかと思うと、哀れに感じた。

こんなところに女の哀れさを感じてる二人がいて、それぞれが同じ人を好きになろうとしていることが、さらに哀れを感じさせる結果へと向かわせていた。

今回の研修旅行は皮肉にも智子が淑子に嫉妬をさせる結果となって終わった。
家に帰ってきた智子は有里から夫が来月の最初の日曜日に戻ってくることを聞かされた。

「お母さん、お帰りなさい。楽しかった?」
「ええ、とても。温泉も良かったし、久しぶりにゆっくり出来たわ。家の事頼んで悪かったわね」
「いいのよ、どうせ高志と二人だからいい加減に済ませたし。それより、お父さんから電話があって、4月の最初に帰ってくるからお母さんに伝えておいてと言われたよ」
「そうなの。どうしちゃったのかしらね。じゃあ、お父さんのお部屋掃除しなきゃね」
「お布団も干すんだよね?明日晴れたら、私休みだからやっておくわ。お母さん仕事でしょ?」
「うん、そうしてくれると助かるわ。お願いね」
「いいよ。少しは反省したかなあ、お父さん」
「それは無いと思うよ。実家に居づらくなったんじゃないの」
「廻りから言われるから?」
「そうね、人は良く見ているからね。私たちのこともきっとこの辺りでは噂になっているよ。下手したら、ご主人他の女と駆け落ちした!なんて言われていそうだもの、ハハハ・・・」
「お母さん!下品よ、そんな事言って。出張か転勤したって思われているよ、多分」
「あなたは優しいのね。お母さん、ダメだわ・・・疲れたから先に寝るね。高志のお弁当作らないといけないから、寝坊しちゃいけないし」
「そうね、ゆっくり休んで、おやすみなさい、お母さん」
「うん、お休み」

自分の思考回路を疑った。有里の言う通りだと反省した。誰も浮気や離婚を考えている訳じゃない。たとえ仲が良くなくてもだからといって、離婚だ!浮気だ!とはならないだろう。世間体もある、親のこともある、子供たちのこともある、職場や友人の事だってあるからだ。

このごろの自分はおかしいと智子は寝ながら思っていた。それほどまでに身体が渇いているのか・・・だとしたら、横井になんか会ったら自分にブレーキをかけられなくなってしまう。気持ちが揺れた。今夜もまた昨日に続いて眠れない夜になるのか・・・もうどうでもいい、そう思わないと変になってしまう自分がいた。

夫が戻ってきた。玄関から入ってきてそのまま自分の部屋に入ってしまった。夕飯の時間になって智子は呼びに上がっていった。
「あなたご飯よ」
「直ぐ行く」
台所で智子は有里と高志にご飯をつけた。間もなくやってきた伸一に茶碗を差し出した。いつ以来だろう、こうして4人で食事をするのは。智子の思いを察するかのように有里は、「久しぶりだね、こうして揃って食事をするのは。いいもんだね」そう言った。
「そうね、あなたが戻ってきてくれてよかった」夫を見つめながら、智子はそう言った。
「待ってなかったくせに・・・お世辞を言うなよ」
「お父さん!お母さん本当にそう思って言ったんだからね、もう・・・全然反省して無いじゃん」
「何を反省しろって言うんだ有里?」
「お母さんをほったらかしにしたことよ」
「そうしたかったのはお母さんのほうだろう?違うのかい」
「違うよ!お父さんは何にも解ってないね。女心が理解出来ていないから勉強したほうがいいよ。お父さんだって、お母さんが必要でしょ?だったら大事にしなきゃ・・・違う?」
「お前も偉そうになったな。お母さんに似てきたぞ・・・困ったものだ、なあ高志?」
「ボクに振るなよ・・・仲良くしようぜ。ご飯がまずくなるよ」
「まずくしたのは有里やお母さんだぞ。おれはそんな話したくなかったんだから」
「父さんは自分勝手だよ。皆仲良く出来るように我慢しなきゃいけない事だってあるさ。何でも母さんに押し付けるからこうなるんだよ。もう逃げないで向かい合えよ」
「お前まで母さんや有里にたぶらかされたのか」