芽吹くことなく
二.
惇がターゲットに仕立て上げられたのは、そのすぐ後だった。
かっこいいくせに、野暮ったい私のことばかり構って、かばって、挙句の果てにすきだなんて言ってしまったせいで、惇は徹底的に無視され続けた。
課題のプリントも回されない。週に三回は日直だし、自分の上履きじゃなくて来客者用のスリッパを履く。何度買い直してもどこかに捨てられてしまうからだった。
「ごめんねえ、惇くんの分のチョコ、ないの」
甘い、猫のような声が後ろから聞こえて、振り向いたら、惇が教室の床に寝ていた。
「だって、要らないでしょ? 川本さんから貰えるもんね、チョ・コ・レー・ト!」
醜い足が、わき腹に食い込んでいる。ああ、醜い。心が醜かったならば、動かす足だって醜くなるでしょ。かわいそうに。どんなに顔が良くったってどうにもならない。
なのに、助けてくれる人は皆無。
こいつらの言うことには誰も逆らえず、ただただ黙ってみているだけ。
可愛ければいいのか。ちょっと目立つからって。命令されて、ハイハイって言うこと聞いて、その従順さで罪もない人間を無視する。人が傷つけられている現場を、まるで無いもののように扱う。
目、覚ましてってば。
一体だれのことを無視しているの。
私たちが何をしたの。
「惇、立って」
あいつらが悪いのか、その他大勢、我関せずのクラスメイトたちが悪いのか。
それとも、私と惇が悪いのか。
あまりにも自分のことしか考えず、自分勝手に生き過ぎたのが悪いのか。
自分の生き方を変えようとしないで、周りに溶け込む努力をしないで、我慢もしないで、生きてきたから悪いのか。
被害者意識が強過ぎたのか。
「美都子」教室から出ようとして戸に手をかけた私に、惇が言う。その先を待たずに、戸を引き開けた。冷たい空気が頬をこする。
「失敗」
私たちはまたしくじった。これじゃ、あの、中学の卒業式と同じ。
やり直しする気力は、すぐには復活しない。
二月の薄くひび割れた大気が学校中を包んでいて、ああ、春はもう少し先だと思った。