芽吹くことなく
三.
誰にも邪魔されずに、のんびり過ごす時間が増えた。
保健室登校を決めた惇と同じように、私も、数日の不登校を経て保健室登校を始めた。
きっかけとか、原因とか、自分たちの口から話すのはためらわれた。だから、どちらの両親も担任の教師も、私たちが揃って「普通の子」ではなくなってしまった理由を、知らない。
私としては一言一句漏らさずに入学してからのあいつらの所業をある事ない事まで根掘り葉掘り洗いざらいぶちまけたってよかったのだけど。
こうやって、二人でいる時間が増えたから。三ヶ月経った今では、怒りも少しだけ濃さが緩まったから。大きく、寛大な気持ちでいられることも、増えたから。
なんか、それで、いいかなって。
「北海道は寒いね」
「桜もすぐ散っちゃうし、息は白いし、暖房代はかさむし、良いことないわ」
「でも、その分クーラーは要らないじゃないか」
「本州に住んでいるのとどっちが安上がりなの?」
「さあ。住んでみないとわからない」
「賢くないわね」
「美都子は、頭が良いから」
さっきからずっと、惇の手元で広げられている文庫本のページの間から、栞がはらりと落ちて、床に着地する。
拾ってあげようとベッドから立ち上がり、彼の足もとにうずくまってそれを手にする。
陽光と同じ体温をもつ手が私の頭頂部を、撫ぜる。
「ありがとう」
温かいその手に触れられて、鼓動数が格段に跳ね上がる。中学の時も、高校に入学した当初も、こんな心音は意識すらしていなかった。
あの教室で交わされた会話を、聞いた時から、おかしい何かがあって……。
「冬は寒いから嫌いだわ」
「じゃあ、春だね」
「春は桜が散るもの」
「じゃあ、夏」
「暑い」
「秋しか残らないよ」
「秋、秋が良い」
どうして? と訊かれて、美味しい食べ物がたくさんでしょ、と答えたら、美都子らしい、と笑われた。
「やっぱり美都子は、賢いね」
ああ、早く手をどけてくれないと、立ちあがれないわ。
(2011/08/26)