芽吹くことなく
よく喋り、よく笑うことは良いことだったのだけれども、私たちの場合は、やっぱり少しやり方が間違っていたのかも。
何を言われても笑って、叱られても笑って、怒鳴られても笑って、喋っちゃいけない時なのに、誰かれ構わずお喋りをしかけて。そのせいで怒られてもまた、笑う。そんなこと繰り返していたら、誰でも私たちのこと、頭のおかしい奴らだって思っても、仕方がないのかも。
最初の標的は私だった。
これは今気付いたことなのだけど、面倒だからって長い間伸ばしっぱなしにしていたこのロングヘアーも、悪かったのかもしれない。
俯くと、モタッとした黒い髪が顔を覆って、見えなくなる。
私にとっては周りの景色が遮断されるし、変な目で見られていたとしても気づかなくて済むし、一石何鳥もあるヘアースタイルだったのだけど、あの子たちにとってはただただ、ウザッたいだけだったのかもしれない。
だからってこんなか弱い女の子ひとりを寄ってたかって捕まえてトイレの個室に押し込み便器の寸前でジャキジャキジャキジャキ無骨なハサミで切り取らなくったっていいじゃないの。
「美都子。その、髪……」
「失敗」
爽やかなショートカットに変貌した私を見て、惇はようやく、私がイジメのターゲットにされていたことに気付いたみたいだった。ショックを受けたような顔をして私の頭を撫ぜた。その手の感触に安心しながら、戦線離脱の意を告げる。失敗、したから。
「今度は上手くやれるはずだったのに……」
「仇は僕が討つからね」
「惇はイジめられないでね」
「イジめられたら、助けて」
廊下の隅っこで、固く固く握手を交わす。
「助けてあげられなくて、ごめん」
「いいのよ。自分で切りに行く手間が省けたわ。お金も浮いたしね」
イジめられなくて済む華々しい高校デビューを目指し、それに失敗した私の無念を、惇に託した。
惇は最初は上手くやった。
私と共に、時と場所を考えず無駄に笑って無駄に喋って、その一挙手一投足に変な目を向けられてはいたけれど、比較的、穏便に立ちまわっているようだった。私にあいつらの魔の手が向けられないように、細心の注意を払いながら。
多分そのあたりが、あいつらのカンに障ったのだと思う。
惇は、顔だけは整っているから。
「ねえ、惇くんって、なんで川本さんを庇うの?」忘れ物を取りに戻ろうと教室の戸を引こうとした瞬間に(今思えば恐ろしくベタなシチュエーション)、自分の名字が聞こえてきて、体が固まった。
「なんでって?」
「だって、惇くんみたいにかっこいい子がさあ」ねえ、おかしいよね、そうよね、なんて、複数の女子の声が後を追うように続く。ひそひそ、くすくす、ささめく。
ああ、あいつらの笑い声。楽しくもなんともない、聞いているこちら側をひたすら不愉快にさせる声。
きっと、笑ってる本人たちだって、ちっともおかしくないに決まってる。
「――かっこいい。僕が?」
「うん。……まあ、ちょっとだけ、変わってはいるけど」
「…………」
「ねえ、どうして庇うの? 川本さんのこと」
再三訊ねられているその疑問に、当の私が答えに行きたくてたまらなくなった。
だってそんなの、決まってるでしょ!
私と惇は、中学の頃からの戦友で、同士なの。惇がイジめられたら私がかばって、私がイジめられたら惇がかばう。そういう取り決めがされてるの。約束をしているからよ。
そうでしょ、惇。
「すきだから」
お?
「好き? 川本さんのことが?」
「うん。きっと」
「……変なの。やっぱり惇くんって、変わってる」
かっこいいのにね、そうよね、おかしいよね、くすくす、くすくす。絶え間のない囁きが途切れるのを待つのは、やめて、私は、そのまま、戸から離れて廊下を、歩く。忘れ物のことなんか、頭から吹っ飛んでいた。
惇が、私のこと?
――ああ、そんなこと、聞いてない……。