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ななじゅうく
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novelistID. 30706
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訴えかける老人

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やがて、なにか風の音が聞こえてきました。

自分の立ち位置が、流動している。それを随時認識させられる。
ただそれだけで苦痛でした。

次に、柔らかな川のせせらぎが、耳に流れ込んできました。

物理的に不可能な速度で場所を移動したのか。
それとも、私が移動した後に、その記憶だけが消えたのか。
いや、そのような過程や、原理等はもはやどうだっていい。
私の常識の一部が崩れ去り、法則が通用しなくなってしまった。
その結果と事実だけで十分でした。

そして、また音がしなくなりました。

私は、顔を覆っていた手を退けようとしました。
私の手は予想よりもずっと重く、指の間に隙間を作るので精一杯でした。

なにかを叫びました。叫ぼうとしました。
しかし、それはできませんでした。

指の隙間から、一個の生物を確認できました。
そして、それ以外何も、地面も空も、建物も、何も存在していませんでした。

下を見ても私の肉体はなく、私にはわけがわかりませんでした。
その時、目の前の生物は言いました。
「そこにあるのはおそろしいもの。どうしておそろしい」
「そこに、もの、して、ろしい」
何もない空間で、生物の声は何重にも木霊していました。
「それは恐いと感じるからだ」
「恐いと感じると、不安になるからだ」
「不安になると、周りのものが恐くなるからだ」
「今のおまえは連鎖している」
「いや、連鎖をしすぎて、おまえは破綻してしまった」
「破綻するとどうなってしまうのか、それは誰も知らない」
「しかし、おまえだけは知ってしまった。」
「助かりたいか。助かりたいか」

私は、精一杯、助かりたいと願いました。息を全て吐いた後に、それ以上吐こうとするかのようでした。

作品名:訴えかける老人 作家名:ななじゅうく