表と裏の狭間には 十二話―柊家の黄昏―
「お前、どうしたんだ………?」
「私だけを見て。私の名前だけを呼んでよ……………!」
妹が、俺に抱きついてきた。
俺は、言い知れぬ恐怖感に襲われ、脂汗をダラダラと流す。
「そうだよ。どうして気付かなかったんだろう。誰も彼も、お兄ちゃんを狙ってるじゃない。」
「お、おい?どうした、んだ?」
うっすらと笑ったまま、瞬きすらほとんどせずに、抑揚のない言葉を紡ぐ妹。
その薄笑いは、逆に無表情と称して問題ないだろう。
そして、その、死んだ瞳で、俺の目を見つめてくる。
「ひぃ………っ!」
俺の口から無様な悲鳴が出る。
しかしそれは順当だ。
恐怖に飲み込まれそうな、深い瞳に見つめられているのだ。
「もう大丈夫だよ。お兄ちゃんには誰も触れさせない。触れていいのは私だけなんだよ。だから、安心してね?」
妹は俺にひしと抱きつき、俺の頭を優しく撫でる。
その動作一つ一つが、俺の鼓動を早めていく。
勿論、恐怖によって。
「あ、あ……………あ………!」
俺は、もう恐怖で動くことが出来ない。
「ずっと一緒にいるためには………。そうだ。お兄ちゃんが一人でお外に出られないようにすればいいんだ。」
低い声で抑揚なく、淡々と呟く妹。
「大丈夫だよお兄ちゃん。私が、ずっとそばにいてあげるから。」
「い、いや、俺は一人で大丈夫だ。」
「そんなのダメ!」
「ひいぃい!?」
俺の本能が、『逃げろ!』と全力で叫んでいる。
しかし、それは叶わない。
まず俺は、妹に、ありえないほどに強い力で拘束されている。
そして、暗い、のっぺりとした死人のように深い瞳に見つめられ、更には薄笑いのままで固定された表情をずっと向けられている。
俺の体は、最早恐怖で一ミリも動かない。
月が隠れ、妹の表情が再び読めなくなる。
「大丈夫だよ………。安心して。」
耳元でそっと囁かれたその言葉で、逆に恐怖が増す。
「は、離せ………!」
「どうして?」
「腕が………痛い………!」
俺の腕に、妹が触れている俺の腕に、激痛が走っている。
「ちょっと掴んでるだけだよ?」
妹が、首を傾げながら手に力を籠める。
途端に、ギリギリと音が鳴る。
なんて力だ……………!
「い、痛い!止めろ!マジで痛い!」
「大丈夫。ちょっとの間だけだよ。」
「お、おい!」
「腕と………足と………後は……………指も…………フフフ………!」
「や、止めろ!止めてくれ!」
「平気だよ。お兄ちゃんと、生涯離れず一緒にいるためだから。」
そこでタイミングよく、月がまた出てきた。
出来れば、出てきて欲しくなかった。
月明かりに照らされた妹は。
死んだ瞳で、極上の笑みを浮かべていたからだ。
「これからも、仲良くしようね。」
俺は、恐怖で、もう、何も考えられなかった。
「私だけの、お兄ちゃん。」
瞬間。
俺の腕が、反対方向へと強引に曲げられた。
「お兄ちゃん。ずうっと、一緒だよ。」
―――Good End―――』
「どこがグッドエンドだぁああああああああああああああああああああああ!!!」
俺は恐怖から解放された反動で、ついつい叫んでしまった。
怖かったぁあああああああああああああ!!
テキストだけではこの恐怖感は伝わらないとは思う。
実際、あのイラストがなければここまでの恐怖は感じなかっただろう。
想像し辛いとは思うが、無駄な足掻きと承知しつつもイラストの解説を。
妹キャラの笑みがアップで表示されているスクリーンショットで。
その妹は、光彩の消失した、死んだような瞳で。
顔に影が差していて。
うっすらと笑っていて。
思い出したくねぇええええええええええええええええ!!
「あれ?おかしいっすね。確かここの表示は、『病んだ妹の画像を背景に、Bad Endの血文字』のはずだったんすけど………。」
「妹のホラー画像をバックにGood Endの血文字を表示してる時点で確信犯だろぉおおおおおおお!!!」
はぁ…………はぁ……………………。
心臓が…………まだバクバク言っている………。
「うわぁああああああああああああん!お姉様ぁああああああああああ!!」
「よ、よしよし。今だけは抱きついてもいいわよ。というか抱きつかせて。す、すごい怖かったわ………。ひぐ、ぐす………。」
「はぁ………はぁ…………無駄な才能を持ちやがって…………!」
「怖い!怖いよ!誰か助けてぇええええええ!!」
「……ボクハナニモミテイナイボクハナニモミテイナイボクハナニモミテイナイ……!」
部屋の中は一種の地獄絵図だった。
「あれ?おかしいっすね?」
輝だけが、一人首を傾げている。
『おかしいのはアンタの神経だ!!!』
輝以外の全員で総ツッコミだった。
「しかし、惜しかったっすねー。妹に味方していたら、妹ルートに分岐したんすけどねー。」
「ネタバレせんでええわ!というか法律に違反すんな!」
「大丈夫っすよ。あの二人は実は兄妹じゃないという衝撃の展開あるっすから。」
「ふっざけんなぁあああああああ!」
「で、面白かったっすか?」
『面白い以前に怖いわ!』
またも総ツッコミだった。
俺は恐怖で震えながら、一つの感想を持っていた。
輝。
お前は預言者か?
あのルートも、まだマシだったようだ。
さて。
言っておくが、今回の本題は、あんなゲームではない。
うん、思った以上に時間食ったな。
まあいい。まあいいさ。
………自分で言い出しておいてなんだけど、思い出したくない。
馬鹿馬鹿しいかもしれないが、あれから一週間経った今でも、夢に見て飛び起きる。
悲鳴とともに。
うん。一刻も早く忘れよう。
で。
今回の本題は、我がクラスメイトにして彼女である、蓮華のある一言が発端なのであった。
「紫苑、あなたの家に行ってもいい?」
その言葉を聞いて、さっきのギャルゲー(ホラーゲー)を思い出したというわけだ。
つまりさっきのは長い回想のようなものだ。
ゲームのせいで一抹の不安がよぎるものの(リアルとゲームを混同してると笑うがいい)、まああんなことにはならないだろうと思う。
いや、思いたい。
で、今は蓮華と共に俺の家に向かっているわけだ。
いやー…………明日、朝日を拝めるといいな………。
「紫苑?顔色が悪いけど、大丈夫?」
「う、うん………、ちょっとこの前やったホラーゲームのことを思い出しただけだから。」
「………それは怖いですね。」
で。家に着いた。
さて。
雫は家にいるはずだ。
俺は、扉を開けた。
全く大丈夫じゃなかった。
本当に読み違えていた。
輝、お前マジで預言者になったら?
なんて、現実逃避はほどほどにして。
では、『柊家の黄昏(ラグナロク)』と題打った、今回の闘争をご覧頂こう。
「お兄ちゃん?その人、誰?」
「あー…………えっと…………。」
女の人がいると見るや、雫は目を細め、いい感じに気配を凄めた。
「こんにちは、雫ちゃん。」
蓮華が声を掛けるも、
「はじめまして。柊雫です。」
と、素っ気無く返すだけだった。
蓮華が隣で一瞬固まるも、すぐに気を取り直して自分も名乗った。
「雅、蓮華です。よろしくね。」
「で、この人は誰?お兄ちゃん?」
はっきり言って、怖い。
これは、三年ぶりのマジギレ突入…………か?
柊雫、俺の妹。
作品名:表と裏の狭間には 十二話―柊家の黄昏― 作家名:零崎