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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 昨日の屋上での出来事によって引き起こされた奈那子の感情は消えることなく残っている。感情は無理やり押し込められては、何かの弾みで戻って来た。
 奈那子はわからなかった。あの人形遣いはなぜあの出来事を知っていたのか? 劇の内容が偶然同じだったのか?
 あり得ないと奈那子は心の中で叫んだ。あんな偶然があるわけがない。偶然にしてはでき過ぎている。
 あの人形遣いは一部始終を見ていたのか? どこでどうやって?
 あの人形遣いはいったい何者なのか?
 答えがひとつもでない。
 奈那子は学校に向かって走っていた。そう、あの屋上に何か手がかりあるかもしれないと思ったからだ。
 正門を通り抜け、校内に入った奈那子は屋上へ向かって階段を駆け上がった下駄箱で靴を履き替えることもしなかった。
 空が真っ赤に染まる夕暮れの屋上――あの時と同じだった。
 奈那子の視線の先には一部分が抜けてしまっているフェンスがあった。あそこから香穂は地面に落下した。
 いろいろなものがあの出来事は現実だったと言っている。ただひとつ可笑しなことは香穂が生きていたこと。それだけが可笑しい。
 奈那子は抜けたフェンスに近づいた。そこから下を眺めようとしたが、近づくだけで下を覗くことはできなかった。
 屋上に強風が吹き荒れた。
「奈那子ちゃん」
 ぎょっと顔をして奈那子が後ろを振り向くと、そこには薄ら笑いを浮かべた香穂が髪の毛を風に揺らしながら立っていた。
 香穂がゆっくりと奈那子のもとへ歩み寄って来る。
「ここで奈那子ちゃんがわたしのことを突き飛ばしたんだよね」
「……どうして……それなのに?」
 では、どうして香穂は生きているのか?
「わたしは奈那子ちゃんに復讐したくて蘇ったの」
「そんなことが……」
 奈那子は目の前にいるものを否定した。五感全てが目の前にいるものを感知していても奈那子は認められなかった。あり得ない。
「わたしね、秋葉くんのことあきらめてないよ。いつも奈那子ちゃんのこと蹴落としてやろうと思ってたの」
「そんな、ど、どうして……やっぱり全部嘘だったの?」
「うん、ぜ〜んぶ嘘だよ、泣いたりしたのも全部嘘。みんなわたしの涙に騙されるんだもん、笑っちゃうよね」
 屈託がない純粋な笑顔を浮かべる香穂。何をもって純粋というのか? 香穂の笑顔は異様だった。
 愕然とすることしか奈那子にはできなかった。まさか、香穂がこれほど醜い心を持ち合わせていようとは……。
 香穂は笑みを浮かべながら奈那子に詰め寄って行く。
「まさか、奈那子に殺されるなんて思ってもみなかったよ。親友だと思ってなのになぁ、あはは」
 どこか可笑しい笑い。機械仕掛け人形の歯車が調子を狂わせてしまったようだ。
「来ないで、あたしに近づかないで!」
 どんどん後ろに追いやられて行く奈那子。香穂は足を止めることなく奈那子に詰め寄って行く。
「学校の帰り道に、秋葉くんのことが好きだって奈那子ちゃんに言ちゃった時の奈那子ちゃんの顔、絶対忘れない、スゴイ恐い顔してたよ。あの顔を見た時にね、わたしは思ったの……アナタは何度でも機会さえあればわたしを殺す、ってね」
 薄ら笑いを浮かべて香穂が足を止めた。それに合わせて奈那子の足も止まる。
「ご、ごめんね香穂……お願いだから許して」
 震える声を発する奈那子の目からは涙が零れ落ちていた。自分を悔いて出た涙ではなくて恐怖心から出た涙だった。
「ふふ……許して欲しいの? ヤダよ、許してあげないよ。だってわたしのこと殺したんだもん」
「お……願い……」
 風に奈那子の声は掻き消され、香穂は笑っているだけだった。
 奈那子のすぐ後ろには真っ赤な夕焼けが広がっていた。一歩でも後ろに下がれば地面に落ちてしまう。
「許して、許してよ」
「ヤダよ」
 香穂の手が伸ばされた瞬間、逃れようとした奈那子は足を滑らせそうになって、遥か下の地面を見てしまった。
 奈那子は絶句した。遥か先の地面の上で血みどろになって死んでいる人、それは香穂だった。それを見た瞬間、奈那子は悲鳴をあげて気を失い屋上から転落した。
 そして、地面に何かが激しく打ち付けられた音がした。

 暗い暗い闇の中――。
 傀儡師である彼は全てを見届けた。
 ?その?心の行く末を観た。そして、何を想ったか?

 一筋の光もない闇の中で、奈那子は自分が死んだことを理解した。死んだ人はみんなこんな真っ暗で何もないところに来るのだと解釈した。
 暗闇の恐怖。闇と自分の心だけがそこには存在していた。
 もしかしたら、ここが地獄というところなのかもしれない。こんなところにいたら精神が壊されてしまう。
 これからどうなるのだろうかと奈那子は考えた。答えはすぐに出た。どうにもならないまま自分の精神が可笑しくなっていくのだろう。
 悲しくても涙が流せない。苦しくても逃げ出せない。
 暗闇の中で人の声が聴こえて来た。安心感が奈那子の心を包み込んだ。
 声は耳を通してではなく、心に直接語りかけて来た。
《おまえの肉体は滅び、魂だけが残った。そのままそこにいれば、精神が壊され魂は砕け散るだろう》
 奈那子は何かを言うおうとしたが、身体をなくしていては何もしゃべれない。
 声は話を続けている。
《おまえに選択肢を選ばしてやろう。魂の消滅をこのまま受け入れるか、傀儡の中で生き続けるか?》
 奈那子には傀儡という意味がわからなかった。
《私の傀儡に変われば、蘇ることができる。ただし、それには条件がある。躰は人形となるが、前とほとんど変わらぬ姿だ。そして、私がおまえの力を必要とした時、有無を言わさずに私の操り人形となってもらう。どうする、仮初の生が欲しいか?》
 仮初だろうが生き返ることができるのなら欲しいと奈那子は思った。こんなところにいたくない。
《承知した。その望み叶えてやろう》
 身体がないのに奈那子は何かに引きずられる感じがした。宙に浮いて凄いスピードで動いているような感じだ。
 光が飛び込んで来た。
 奈那子に五感が戻って来た。自分の身体があるのがわかる。だが、目を開けることはできない。
「香穂という女はおまえに復習がしたいと言って、再び現世に戻った」
 男の声がそう言うのと同時に、奈那子は胸から何かが抜かれる感じがした。そして、まぶたの上で閃光が幾本も走ったのを感じた。
「新しい躰に慣れるまで動くことができないだろうが、時期に慣れるだろう」
 男の足音が奈那子から遠ざかって行く。
 奈那子の周りから人の気配が消えた。
 身体があるとわかるのに動かせない。これでは先ほどの闇の中と同じではないか。
 奈那子は恐怖した。冷たい空気が頬に当たっている。自分がどこにいるのか全くわからない。
 周りには人の気配がない。風が吹く音だけが聴こえる。
 ひとり取り残されてしまった。
 身体を一生懸命動かそうとする奈那子。そして、
まぶたを開くことができるようになった。
 光の粒が瞳に入って来て、奈那子は何度も瞬きをした。
 ここは学校の屋上だった。日は沈み、空には星が瞬いているのが見えた。
 目を開けることはできたが、身体は少し指先が動く程度で、後は動かない。