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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 顔を赤らめた奈那子は上目遣いで秋葉のことを見つめた。
「あのね、さっき……恋人募集中って言ってたでしょ? あたしじゃダメかなぁ?」
 秋葉は肯定とも否定とも受け取れる微笑を浮かべて静かに言った。
「中嶋さんが僕のことが好きなのは知っていたし、篠原さんはことあるごとに僕と中嶋さんをくっ付けようとがんばってた。こないだの日曜日に篠原さんと偶然会った時もさ、君のことをずっと褒めてて、僕に君と付き合うように延々と言われたよ」
「そう……なんだ……」
 酷い後悔が奈那子を襲った。まさか香穂がそんなに熱心に自分と秋葉のことをくっ付けようとしていたなんて夢にも思わなかった。
 奈那子は勝手な思い込みで香穂を怨んでしまったことに気がついて悔やんだ。
 大切で自分のこと想っていてくれた友人を殺してしまったことを奈那子は悔やんだ。自分は確かに香穂を殺した。どうして殺してしまったのだろうか。
 だが、香穂は生きていた。理由はわからないが生きていた。
「僕は中嶋さんのことを――」
 保健室のドアが開く音が聴こえ、香穂が保健室に飛び込んで来た。
「奈那子ちゃん、元気になった?」
 香穂と秋葉の目が合った。そして、香穂は場の空気を読んで酷く慌てた。
「ご、ごめんお邪魔だったかなぁ、すぐ出て行くね」
「いや、僕が出て行く。じゃあね中島さん、また明日」
 秋葉は返事をしないままに行ってしまった。だが、奈那子は秋葉がYESと言ってくれないことに気づいていた。あの表情を見ればわかる。
 返事を聞く前に香穂が入って来てくれたことに奈那子は感謝した。そして、香穂が生きていたことにも感謝した。
「奈那子ちゃんごめ〜ん、せっかく二人っきりだったのに」
「いいのよ別に。帰ろうか?」
「うん!」
 ベッドから起きた奈那子に香穂が奈那子のバッグを手渡した。
 バッグを普通に受け取る奈那子。今度は気にもならなかった。もう、あの出来事は全部忘れてしまおうと奈那子は心で誓った。

 学校からの帰り道。二人は前のように楽しくおしゃべりをしながら帰っていた。その途中で香穂は急にこんな話を切り出した。
「あのねぇ、奈那子ちゃん」
「なに?」
「わたし、奈那子ちゃんと秋葉くんをくっ付けようとしてるうちに、自分でも秋葉くんのことが好きになっちゃったんだよね」
 それは奈那子にとって衝撃的な告白となった。押し込めていた感情が再び湧き上がって来た。
 香穂は奈那子と秋葉の仲をくっ付けようと秋葉に何度も接触しているうちに、自分も秋葉のことにいつの間にか惹かれていた。だが、これを奈那子は親友の裏切りとしか思えなかった。
 奈那子は怒りを覚え、その怒りを顔に出してしまった。しかし、夢の中だったのかもしれないが、香穂を一度殺している後ろめたい気持ちから、すぐに笑顔で怒りの感情を誤魔化した。
 潤んだ瞳で奈那子を見つめる香穂は震える声で言った。
「わたしはね、奈那子と秋葉くんがくっ付いてくれるのが一番嬉しいの、だから、わたしのことなんて気にしなくていいから。これからも、わたしは奈那子のためにがんばるね」
 これは、自分が身を引くからということなのだろうか? 少なくとも奈那子はそう理解した。
 奈那子は気ゆっくりと気を沈め、香穂が秋葉を譲ってくれると言ってくれたことにほっとした。
 あの保健室で秋葉からYESと言ってもらえなかっただろうとあの時は思っていたが、今は何でそんなことを思ったのか奈那子にはわからなかった。自分は秋葉と付き合えるかもしれないではないか。ライバルも一人減ったのだし……。
 誰もが心の内に持っている闇の種。闇の妖花が奈那子の心に咲いた。
 不安そうな顔をしている香穂に奈那子は笑って見せた。その笑顔の奥にある感情は……?
「香穂、あたしたち、いつまでも友達だよね!」
「うん!」
 笑顔を浮かべる香穂を見て、奈那子は何を思う?
 互いを笑顔で見つめ、この二人を繋ぐモノはいったい何なのだろうか?
 人の心は複雑で、そして単純なものだ。世界は矛盾に満ちている。
 仲の良さそうに見える二人が楽しそうに歩いている。
 香穂が前方の人だかりに気がついて指をさした。
「奈那子ちゃん、あれ見てよ、何かなぁ?」
「何かしらね?」
「ちょっと行ってみようよ!」
 香穂に腕を掴まれて、奈那子は人だかりに走って行った。
 人だかりの中心に誰かがいるらしいが、よく見えない。
 香穂は奈那子腕を引きながら人の中を掻き分けて中心に進んだ。
 人だかりの中心にいた人物を見て、奈那子ははっとした。あの人見たことがある。
 大きな鍔のある黒い帽子から白銀の髪が胸元まで流れていて、身に纏っているものは黒いインバネスと呼ばれるコート。いつか奈那子がぶつかった人物だ。
 中性的な妖艶な顔を持つその人物は操り人形を使って人形劇をしていた。
 奈那子の脳裏に恐怖で顔を歪ませながら香穂が屋上から落ちたあの時の表情が再び思い出された。やはり、奈那子は一度死んだ。
 人形遣いの指先がしなやかな動きを見せ、幻想的な世界を創り出す。
 生きているように動き出す二体の人形に、奈那子は魅了されて目が離せなくなった。
 劇はラストシーンであった。そして、そのシーンはあのシーンに似ていた。
 人形遣いは一言もしゃべらずに人形を動かしている。だが、ここにいる全ての人々には台詞がなくとも、人形が何を言っているのか不思議とわかってしまった。
 音も情景も感情までもが人形の動きだけで伝わって来る。まるで、この人形遣いは魔法使いではないかと思ってしまうほどだ。
 夕焼けに染まる空の下、ひとりの女の子が友人を屋上に呼び出した。
 女の子は好きな人を奪われたと友人を一方的に攻め立てる。
 友人は泣きながら女の子に何かを訴えかけるが、女の子は聞く耳を持たなかった。
 ――そう、この人形劇はあの時の再現だった。
 奈那子が香穂のことを殺してしまったあのシーンの再現をしているとしか思えない内容だったのだ。
 人形劇は進んでいく。
 奈那子は恐怖した。目を離すこともできず、釘付けになりながら見てしまった。目を離そうとしても何かに惹きつけられてしまうのだ。
 人形遣いの指が激しく動き、女の子の人形が友人の人形を突き飛ばした。その瞬間、友人の人形を操っていた糸がプツリと切れて、人形は地面に落下した。
 人形が地面に落下する時、実際には聴こえない悲鳴が聴こえたような気がした。
 ここいた人々は悲惨な顔をして、身を凍らせてしまった。誰もが悲痛な叫びを聴いてしまったのだ
 妖艶な顔をした人形遣いが奈那子を見つめ、そして、微笑んだ。
「いやーっ!」
 蒼ざめた顔をした奈那子は無我夢中で走り出した。
 果たして奈那子は何から逃げようとしているのか?
 奈那子を追うものは何か?
 香穂は死んだのか、生き返ったのか?
 奈那子は香穂を殺したのか、殺していないのか?
 これは夢なのか、夢ではないのか?
 何が現実なのか?
 やはり自分は香穂を殺したのだと奈那子は再確認した。
 いろいろな想いが堂々巡りする奈那子。彼女の感情は波を作り出していた。