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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 吸い込まれてしまいそうな黒瞳を持つ秋葉愁斗。その妖しい魅力を持つ瞳の奥に、自分の姿を見た奈那子はすぐに顔を伏せてしまった。
「どうしたの?」
 不思議そうな顔をする秋葉だが、奈那子は何かに怯え、顔を伏せたままだ。
「何でもないの、何でもない……」
 急に奈那子は走り出した。
「待って中嶋さん!」
 手を伸ばす秋葉に構わず、奈那子は逃げるように走った。
 奈那子が気づいた時には、彼女は教室の前に立っていた。
 いつものクラス――だが、今日は入るのが怖かった。いつもは香穂が自分よりも早く来ている。
 奈那子は教室の中に入ると辺りを見回した。そして、いるはずのない香穂の姿を捜してみる。
 教室を見渡していた奈那子は信じられぬ光景を目の当たりにした。
 殺してしまったはずの香穂が何食わぬ顔で友達と楽しそうに話しているのだ。
 奈那子に気がついた香穂はにっこりと笑い無言であいさつをした。
 あり得ない光景を見て、奈那子は一瞬息をすることさえ忘れてしまった。
 目を見開き、息を呑み込んで何も言えなくなった奈那子のもとへ、香穂がバックを持って近づいて来る。あのバッグは屋上に忘れたはずの奈那子のバッグだ。
「奈那子ちゃん、おっはよ! 昨日さあ、バッグ屋上に忘れて行ったでしょ」
 屈託のないまぶしい香穂の笑顔を網膜に焼き付けながら、奈那子は恐怖のあまり声も出せないまま気を失って倒れてしまった。

 保健室で目を覚ました奈那子は、目の前にいる人物の顔を見て大きな悲鳴をあげてしまった。
「きゃーっ!」
 保健室の先生が何事かと仕切りになっているカーテンを開けて入って来た。
「どうしたの!?」
 原因は目の前にいる人物のせいだ。そう、香穂がいた。
 香穂は目を丸くしながら不思議そうな顔をして奈那子の顔を覗き込んでいる。保健室の先生も心配そうな顔をして奈那子を見ている。
「中嶋さん何かあったの?」
 ?何か?なら目の前にいる。だが、奈那子はそのことには触れなかった。
「奈那子ちゃん平気?」
 すぐ近くにいる香穂とは決して視線を合わせないで、奈那子はどうにか口を開いて声を絞り出した。
「大丈夫です、叫んだりしてすみませんでした」
「何かあったら私のことを呼びなさいよ」
 保健室の先生はそう言うとカーテンを閉めて行ってしまった。
 近くに保健室の先生がいるとはいえ、二人っきりにされたのと変わらない状況だ。
 香穂が目の前にいる。死んだはずの友人がいる。それも自分が殺した友人がいる。奈那子は何も言えずにうつむきながら一点を見つめていた。
 なぜ、死んだ人間が生き返ったのか?
 もしかしたら死んでいなかったかもしれない。
 夢なのかもしれない――どちらが?
 これが夢なのか、あの出来事が夢だったのか?
 混乱する奈那子はあのバッグを思い出した。自分のバッグはどう説明すればいいのだろうか?
 香穂は『バッグ屋上に忘れて行ったでしょ』と確かに言っていた。
 恐ろしさ何が何だか奈那子はわからなくなってしまった。だが、そのことについてすぐ近くにいる香穂には恐ろしくて何も聞くことができない。
 香穂は?何事?もなかったように奈那子に話しかけて来た。
「今昼休みなんだけどね、ちょうどわたしが見に来た時に奈那子ちゃんが目を覚まして、いきなり叫ばれちゃったからビックリしたよぉ」
 そんな長い時間、自分は気絶していたのかと奈那子は思ったが、香穂に返事を返すことはしなかった。香穂と口を聞くのが死ぬほど恐い。
「どうしたの奈那子ちゃん、身体が震えてるよ?」
 震える奈那子に香穂が手を伸ばした瞬間、奈那子はその手を振り払って叫んだ。
「触らないで!」
「……ご、ごめん」
 哀しそうな顔をする香穂であったが、そんな顔など見ようともせず、奈那子は冷たく言い放った。
「ひとりにして、もう少しここで休む」
「ごめんね奈那子ちゃん、気が利かなくて。また来るね」
 泣きそうな声を出した香穂はそのまま行ってしまった。奈那子はもう来て欲しくないと思った。一生自分の前に現れて欲しくないというのが奈那子の正直な気持ちだ。
 死んだ人間が何食わぬ顔をして自分の前に現れるなんて、奈那子には到底信じられないことだった。
 奈那子の頭はだんだんと冷静さを取り戻して来た。香穂が屋上から落ちたのは絶対現実だったし、今も絶対に現実だ。では、なぜ香穂が生きているのか?
 屋上から落ちた香穂は実は死んでいなかった。奈那子は実際に死体を確認したわけではない。だが、何かが地面に落ちた音は聴いた。
 死んだ人間が生き返ったとしか考えられない。だが、そんなことが現実にあり得るのだろうか?
 とにかく今言えることは、香穂が生きているということ。結局それだけしか奈那子にはわからなかった。
 いつの間にか奈那子の心から香穂に対する恐怖心が消えていた。香穂は生きていて、いつもどおりの香穂だった。何も恐れることはない。
 奈那子が考え事しているうちに時間がだいぶ過ぎてしまったらしく、いつの間にか放課後になっていた。
 保健室の先生もどこに行ってしまった足音が聴こえたので、今は奈那子ひとりっきりで保健室にいる。
 保健室のドアが開く音がした。足音は迷わず奈那子のベッドに近づいて来て、カーテンが開けられた。
 奈那子は香穂が尋ねて来たのかと思ったが違った。尋ねて来たには秋葉愁斗だった。
「中嶋さん具合はどう?」
「う、うん、だいぶよくなった」
「いきなり教室で倒れたって聞いて心配だったんだ。それと、今朝のこともあるし」
 今朝のこととは奈那子が秋葉を置き去りにして、いきなり走り出してしまったことを言っている。
「ごめんね秋葉くん……今朝のあたしはちょっとどうかしてたんだ、でも平気、もう元気になったから」
 今の奈那子は無理せず笑うことができた。
 秋葉はほっとした顔をして微笑んだ。
「大丈夫そうだね、その笑顔を見て安心した」
「うん」
 好きな人に心配してもらって奈那子は本当に嬉しかった。このまま二人っきりの時間がいつもでも続けばいいのにと奈那子は思った。
 秋葉は自分の髪の毛の後ろを触りながら少し口ごもった感じで言った。
「実はさ、篠原さんに言われて中嶋さんの様子を見に来たんだよね」
 篠原香穂の名前が出て、奈那子の表情が少し曇った。どうして香穂が?
「篠原さんが『奈那子ちゃんは秋葉くんが顔を見せてあげるのが一番』だって言うから、それで来たんだ」
「あの、秋葉くん?」
「なに?」
 秋葉にどうしても聞きたいことが奈那子にはあった。昨日、香穂に聞いた内容と同じことだ。
「あのね、秋葉くんが香穂と付き合ってるって聞いたんだけど、本当?」
「それ本当? あはは、そんな噂が流れてるんだ。どうりで今日のみんなの態度が違うと思ったよ。嘘だよそれ、僕は誰とも付き合ってないよ」
「本当に?」
「ああ、本当に。今は恋人募集中って感じかな?」
 笑いながらも秋葉は困った表情をしていた。全く根も葉もない噂に少し困惑しているのだ。
 奈那子は秋葉の言葉を全て信じた。彼の言うことなら何だって信じられる。それに彼が嘘をついているようには全く見えなかった。
「秋葉くん?」