傀儡師紫苑アナザー
そこには床に寝かされた亜季菜と瑠璃の姿が、そしてゾーラとキラもそこにいた。
ゾーラは鼻でため息をついた。
「またお客さんかね」
キラはゾーラの横で伊瀬を力強く指さした。
「コイツだよコイツ、な、オレが言ってたこと信用しただろ?」
「信用したが、玄関を壊されたのは大失態だ。すぐに別の場所に移らねばならない。真珠姫の降霊もはじめからやらねばならぬ」
2対1の不利な状況に、さらに2人の人質がいることで不利に拍車がかかる。
それでも伊瀬はこの場を引くわけにいかない。
「お2人を返していただきましょう」
「だとよ?」
キラはゾーラを見上げて尋ねた。
もちろんゾーラの答えは決まっている。
「それはできぬ。が、貰って行くのは1人だけだ」
必用なのは瑠璃だけだった。必要ない人質はただの足手まといだ。
ゾーラは瑠璃を抱きかかえて背中に背負った。そしてキラに合図を送る。
「人が来る前に引くぞ」
「はいはい」
人が集まれば厄介だ。
キラはヨーヨーを伊瀬に放ち、その隙にゾーラが玄関に走った。
ヨーヨーを躱しながら伊瀬は追おうとした。
それを許さぬヨーヨーの追撃。
キラが喚く。
「おいゾーラ、足封じの術ないのかよ!」
「お前のヨーヨーで相手の足を狙え」
「狙ってるつーの!」
廊下を駆けながらキラは伊瀬の追跡を封じようとする。その2人が全速力で走れないうちにゾーラの姿が消えた。
階段を跳ねながら逃げるキラを追い詰めようとする伊瀬だったが、その足は階段を下りる前に止まった。
悔しさを顔に滲ませながら伊瀬は追うことをやめた。
奴等が逃げた理由は人が集まることを危惧したからだ。それは伊瀬にも言える。部屋に残してきた亜季菜のところへ戻らねばならない。
伊瀬はすぐさま道を引き返し、亜季菜の身柄を確保するために全速力で走った。
-5-
愁斗の操る紫苑はすぐに鎌倉へは向かわず、茅ヶ崎を経由することにした。
龍神が現れた場所を確認するためだ。
事件の当事者は鎌倉にいるかもしれないが、龍神自体はまだ近くの海域に潜んでいるかもしれない、そう考えたのだ。
やはり予想通り、海岸の近くには報道陣が集まっていた。けれど、倒壊した建物や大津波のあった地域には立ち入りの規制が敷かれていた。この一帯を取り締まっているのは警察と自衛隊だ。
空を見上げれば自衛隊の大型ヘリが旋回している。
辺りは物々しい雰囲気で喧騒していた。
集まっている人だかりの中には、津波で行方不明になった人や、家財などを心配する人々が、自衛隊や警官ともめている姿もあった。
他にもただの野次馬や、怪物を見ようと集まって来た者もいる。
紫苑も周りに溶け込んだ格好をしている。目深に帽子を被りマフラーで口元を隠しているが、冬場ではそれほど気にならない格好だろう。けれど、人間離れした妖艶さは隠しきれなかった。
紫苑の目がある男で止まった。
ロングコートを着て葉巻を吹かしている若い男が、楽しそうに辺りの人々を観察していた。
紫苑が見ていることに気付いたのか、相手の男は軽く微笑んで姿を消そうとした。
直感が働いた紫苑はすぐさま男を追う。
人ごみに紛れてしまった男。
しかし、周りの人々とは違う気を放っている者がひとり混ざっている。
紫苑は人ごみを掻き分けて広い場所に出た。
遠くを颯爽と歩くロングコートの背中。
男は紫苑が見る視線の先で細い路地を曲がった。
紫苑は見失わないように追って、男の曲がった路地を曲がった。
すると男はビルの壁に寄りかかって葉巻を吹かせていた。
「僕になにか用かな?」
男は優しい顔で紫苑に尋ねた。
しかし、紫苑はその優しい顔の奥に潜む悪魔を見抜いていた。
「何者だ?」
「初対面で何者だとは、レディにしては不躾だねえ。貴女こそ何者なのか気になるね」
「……紫苑。貴様の発する気が常人でないと語っている。あの場所でなにをしていた?」
「人間ウォッチングさ。世紀の大事件が起き、人々がどんな反応をしているのか、生で見たくなってね、足を運んだわけだよ」
まだ正体の掴めない男に紫苑は鎌をかけることにした。
「D∴C∴」
その単語に男はより柔和な顔になった。
「ああ、君もそっちの世界の人間か。もっと君のことを知りたくなったよ。そうだね、これからデートでもどうかな?」
男はポケットから車のキーを出して、指先で摘んで揺らして見せた。
「断る」
「つれないヒトだ」
相手がD∴C∴である可能性が高い今、油断はできない。
仮にD∴C∴だとした場合、なぜこの場所にいるのか?
彪彦の話を信じるならば、今回の事件に関してD∴C∴の構成員が動いているらしい。
他の可能性を考えるなるば、追われる者。
龍封玉を盗んだD∴C∴の一派である可能性だ。
男はなにかを思い出して目を丸くした。
「そうだ、まだ自己紹介もしていなかった。自己紹介もしないでデートに誘うなんて失礼なことをしたね。僕の名前はシュバイツ、ファーストネームだよ。親しみを込めて名前を呼んでもらうためにファミリーネームは教えないよ」
シュバイツ――それはまさに後者。龍封玉を盗んだ一派の仲間だった。紫苑はその名を彪彦から聞いていた。
紫苑から漲る魔気を感じてシュバイツは一歩引いた。
「ヤダね、モテる男は命がいくらあっても足りない」
「龍封玉の在り処を教えてもらおう」
「なんだ、僕が誰だか完全にわかってるみたいだね。恋した女性が敵で命を狙われるなんて、まあ脚本としてはB級だけど現実に起こると面白い」
「たわ言はそこまでだ、龍封玉を渡せ」
「顔を隠しているけれど、きっと君は凄い美人だと確信してる。そんなレディにはプレゼントをあげたいところだけど、残念だけど龍封玉はゾーラって人が持ってるんだ」
「ならばそいつの場所まで案内してもらおう」
「それをすると僕が怒られる。代わりに僕のピアノ演奏で勘弁してくれないかな、これでもピアノには自信があるんだ」
「教えないなら吐かせるまでだ、ピアノを弾けない手にしてやる」
構えた紫苑の前でシュバイツが消えた。
「残念だけど、僕の拳は頑丈にできていてね」
声は紫苑の後ろからした。
振り向くと、道路に出て電柱にもたれるシュバイツの姿あった。
余裕なのかシュバイツは葉巻に火を点けていた。
「ピアノを弾くんだけど、僕は拳で戦うんだ。ピアノ奏者は指を大事にしなきゃいけないのは常識なんだけど、僕の拳は丈夫だからまあいいかなって。ボクシングもピアノも同じ手を使う仲間だろ?」
同じ手を使うにしても、シュバイツの言葉は常識はずれだ。
シュバイツが道路に出たことによって戦いづらくなった。
少し離れた通りには人々の集まりがある。
すぐそこを走る道路には車の往来もあった。
煙を吐いたシュバイツは戦う意志がないようにリラックスしていた。
「ここで戦うのは君にとっても不都合じゃないかな。特殊な能力を持った者が人前で戦える時代はまだ来ていないからね」
シュバイツはそう言ってから顎で車を示した。路上に止まっている車は高級車のジャガーだ。
「デートでもしようじゃないか、そして2人っきりになれる場所に行こう」
作品名:傀儡師紫苑アナザー 作家名:秋月あきら(秋月瑛)