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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 真珠姫は嘲笑いながら、部屋中を風のように舞った。
「ほほほほほほほっ、愉快じゃ愉快じゃ!」
 その姿を見ながら瑠璃は哀しい瞳をしていた。
 歪んだ真珠姫の心を見ると哀しくなる。その心と触れ合い、正しい道に導けない自分に瑠璃は無力さを感じた。
 海男が死んでしまったときと同じ、無力な自分が哀しかった。
 俯いた瑠璃は急に何者かの気配を感じた。
「きゃ!」
 亜季菜の短い悲鳴。
 振り向いた瑠璃の瞳に映る背の高い男。
 魔導士ゾーラは亜季菜を後ろから拘束していた。
「キラめ、留守番を破約するとは許せん」
 冷静な顔をしながら怒りを口にした。
 亜季菜を人質に捕られ、目の前で瑠璃は身動きを封じられた。
 こんな近くまで迫っていたのに、気配を気づかせなかったとは、かなりの手足れである。
 ゾーラは亜季菜の首に手刀を食らわせ気絶させた。
「瑠璃姫と言ったかね。陸まで追って来るとはな、厄介なことだ」
「龍封玉を返してください」
「奪ったものをたやすく返すと思うかね?」
「だからお頼み申し上げます。どうかお返しください」
 ゾーラはゆっくりと首を横に振った。
「できぬな、あれは世界を導くために必用なのだよ」
「世界を導く?」
「そうだ、愚かな人間どもが知らぬ存在を世に知らしめるために必用だ」
「そんなことをしてなんの意味があるのですか?」
「それは引き金となり、身を潜めていた存在たちが世界の表舞台に出るだろう。そして、異界からも多くの存在が訪れることになる。古い時代は終わり、新たな力により世界は生まれ変わるのだよ」
 茅ヶ崎に現れた龍神はテレビで放映され、それだけでも世界は変わったかもしれない。いや、変わった。
 地上に蔓延る人間は、自分たちを遥かに越えた存在を認め、畏怖し、崇拝し、絶望するかもしれない。
 幻想でしかなかったことが、次々と目の前で繰り広げられ、世界は確実に変わるだろう。
 それが正しいことか、間違ったことか、世界が変わったときに人々は思うだろう。
 多くの人が思うこと。それが正しい道となる。
 ゾーラは自らの行いが正しいと思っている。
「人間は自らが頂点に立つ存在だと驕り高ぶっている。それは目の前に人間よりも力のある存在がいないからだ。それゆえに存在しない神などを崇め、驕りを認めようとせずに偽善で隠すのだ、莫迦らしい」
「驕っているのは貴方ではありませんか。龍神の力は貴方の自由にはなりません!」
「仮にも龍神と呼ばれる存在だが、君たちにとっては神かもしれぬが、広大な宇宙、外宇宙、異界の住人たち、数え切れぬ超存在がいる。あの龍神などせいぜい都市をひとつ破壊する力しかあるまい」
「龍神の力を軽んじることが驕りだというのです」
 なにを持って神とするか?
 人間を越えた存在ならば、それは全て人間にとっての神になりえるか?
 それとも世界を創造したものが神か?
 全知全能の存在なら神と呼ばれるか?
「存在である以上は絶対者ではありえない。崇拝の対象はいても神などおらぬよ。私は龍神の力を軽んじているわけではない、計り知れる存在であるが故に、崇拝はできないということだ。私が驕っているか否か、それは私が成し遂げることを見て判断して欲しいものだ、龍神を操れば文句あるまい」
 自信を饒舌に口にするゾーラから瑠璃は目を放さなかった。
 瑠璃の瞳には力が宿り、澄んだ輝きは一点の曇りもない。
 当然、ゾーラが動いた。
 掌を瑠璃の眼前に突き出し、人外の呪文を口にした。
 次の瞬間、瑠璃は気を失って後ろに倒れそうになってしまった。
 すぐ後ろには真珠姫が死を持って待ち構えている。
 瑠璃が真珠姫の手に掛る瞬間、ゾーラが抱き寄せて防いだ。
「お前の毒牙にかけられては困る」
「瑠璃姫を妾に殺させるのじゃ!」
「困ると言っただろう。まだ使い道のある女だ。それが済んだら煮るなり焼くなり切り刻むがいい」
 ゾーラは気を失っている2人の女を抱きかかえ、奥の部屋へと姿を消した。

 亜季菜と瑠璃が捕まったとは知らず、伊瀬はキラと戦い続けていた。
 ナイフを武器とする伊瀬の格闘センスは良い。そうでなかればナイフなどでは戦えない。その格闘センスをキラは超えていた。
 息こそ切らせてないが、伊瀬はキラの遊びに付き合わされていた。
 2個のヨーヨーを手足のように操り、一定の距離から伊瀬を決して前に近づけない。
 ナイフは深く刺されば一撃で死を与える。
 その一撃を繰り出す距離に近づけない。
 ナイフを投げれば届くかもしれないが、武器を投げる以上は仕留めなければ次はない。
 チャンスを窺う伊瀬の前で、繰り出されるヨーヨーは一刹那遅れた。
 好機に伊瀬は踏み込みナイフを振るう。
 切っ先がキラの頬を撫で、一筋の赤い線が引かれた。
 お返しにヨーヨーが伊瀬の頬を殴る。
 吹き飛ばされながらも伊瀬は倒れることを耐え、口から血の混ざった唾を吐いた。
 すぐにキラに視線を戻すと屈辱とも取れる行動をしていた。
 キラは片手を休めてヨーヨーの代わりにケータイを持っていたのだ。
「ヤベっ、ゾーラのアニキ……留守番ならしてたしてた……だからさ……うんうん……じゃなくって、今敵と戦ってんの、だから仕方ないだろ」
 相手と会話しながら明らかにキラの手は鈍っていた。
 甘くなったヨーヨーの攻撃を軽やかに躱しながら伊瀬が速攻を決めた。
 一撃目のヨーヨーをナイフで弾き返し、ニ撃目を繰り出せないキラにナイフが迫った。
 ヨーヨーが繰り出せなくとも、避けることはできる。
 飛び退き躱すキラに連撃のナイフが迫り来る。
「おおっと!」
 声をあげたキラの後ろは空だった。飛び退きながら屋上の端まで追いやられたのだ。
 フェンスのない屋上の端で、キラはそれでもケータイから手を離さなかった。
「だから今すぐ帰るって言ってんだろ……ウソじゃねえよ、本当に戦ってんだよ。お前からも何か言ってやってくれよ」
 話を振られた伊瀬は言葉の代わりにナイフで返事をした。
 切っ先は首擦れ擦れで風を鳴らした。
 そして、キラはそのまま後ろに身を任せた。
 背中から地上にダイブしたキラは、瞬時にヨーヨーをベランダのフェンスに引っ掛け、糸を腕に巻いて体重を支えた。ケータイは未だに手から離していなかった。
「おい、逃げたわけじゃねーぞ。帰って来いってうるさいから奴がいるから、そいつと直接話つけて来るだけだからな!」
 キラは大声を出してからフェンスを登ってどこかの部屋に消えた。
 帰って来いということは、あの部屋に戻れという意味だろう。
 あの場所に残してきた亜季菜と瑠璃が心配で、伊瀬は全速力で屋上を出て階段を駆け下りた。
 ?帰れ?ではなく?帰って来い?という意味には、?来い?すなわちその場所に人がいることになる。
 第三者に亜季菜と瑠璃が危害を加えられたことを伊瀬は瞬時に想像した。
 あの部屋の前まで戻るとドアが破壊されていた。
 すぐに伊瀬は部屋に踏み込み、廊下の横の部屋から禍々しい気配を感じた。
 部屋を覗くと壁一面に張られた御札と床の魔法陣が目に入る。だが、この場所に真珠姫の姿はなかった。
 部屋を出てリビングまで走った。