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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 とてもヨーヨーとは思えぬ衝撃に伊瀬は後方に吹き飛ばされ、苦しそうな顔をしながらナイフを握ったままの手で眼鏡を直した。
「ただのヨーヨーには思えませんね」
「ただのヨーヨーじゃねーもん。オレの魔力を込めてあるんだぜ」
「少年だと思って甘く見れませんね。敬意を称して自己紹介をさせていただきます。わたくし伊瀬俊也と申します」
「オレにもしろってこと? オレはキラ、魔導結社D∴C∴の構成員。彼女募集ちゅー」
 D∴C∴の名前は愁斗から何度も聞かされている。
 伊瀬は逆手に握るナイフを握り直した。
「では、参ります」
「おう、かかっておいで兄ちゃん」
 キラは余裕の笑みで伊瀬を迎えた。
 魔導結社D∴C∴の構成員が常人であるはずがない。方や伊瀬は亜季菜の専属秘書である。
 2人の力の差は?
 キラに比べて伊瀬の腕はリーチが長い。だが、ヨーヨーの長さを入れれば優劣は変わってくる。尚且つ、ヨーヨーは通常のヨーヨーに比べて変則的に動いてくるのだ。
 ヨーヨーを躱しながら伊瀬はチャンスを窺う。
 キラはまるで遊んでいるように、軽いステップを踏みながらヨーヨーを繰り出していた。
「あんたなかなかやるじゃん。そこらのクズどもに比べたら大したもんだよ」
「それはありがとうございます」
 ナイフがヨーヨーの糸を切ろうとした。
 伊瀬の眼つきが変わる。
 糸は切れずにナイフに巻きつき持って行こうとしたのだ。
 すぐさま伊瀬は絡みついた糸からナイフを抜いて死守する。
 やはり狙われ易い糸は一筋縄では切れないようだ。
「糸を切ろうとしてもムダムダ。この糸は人肉と特別に調合された薬を与えて育てた蚕が出す糸で作ってんだ、ただのナイフじゃ切れないぜ」
「生憎ただのナイフではないんですけどね、切れませんね」
「ただのナイフじゃないのに切れないんだダッセーな。そのナイフなにでできてんの?」
「隕鉄を鍛え、特別な術法を施し、呪文を刃に刻んでいます」
 隕鉄とは隕石に含まれる金属のことである。
「マジか、魔術使用かよ。あんた何者なんだよ」
「ただの会社員です」
「ウソつくんじゃねーよ」
「ただ、昔お世話になっておりましたお屋敷で、この世のモノではないモノと戦う術を仕込まれました」
 相手が自分たちに近いと知って少年は心を奮い立たせた。
「おもしろいじゃん。でもオレには勝てないぜ」
「私もまだ負けられません」
 亜季菜を残して死ぬわけにはいかない。
 それは遠い日の約束だった――。

-4-

 伊瀬がキラを追って消えたあと、玄関を開けようと亜季菜は立ち往生していた。
「んもぉ、管理人なんて呼んでる余裕ないわよ」
「あの……私が開けましょうか?」
「できるなら早く言ってよ」
「あまりにも一生懸命な様子だったので声がかけづらくて」
 亜季菜と瑠璃は場所を交替して、ドアに向かって瑠璃の掌が叩きつけられた。
 物凄い打撃音と共にドアがへこむ。
「もうちょっと静かにできないわけ?」
「すみません、でも他に方法が……」
「人が来る前に早くやっちゃって」
「はい」
 再び瑠璃の掌が叩きつけられ、ドアを固定していた留め具が緩んだ。
 続けてもう一度、叩きつけると留め具が飛び、すぐ次の攻撃がドアを玄関に飛ばした。
「入りましょう」
「見た目に反して怪力なのね」
「ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないけど」
 2人は土足のまま部屋の中に踏み込んだ。
 瑠璃は迷うことなく廊下を走り、とある部屋のカギが閉まっていることを確かめ、再びドアに掌を喰らわせた。
 今度は玄関とは違い、一発でドアが外れて飛んだ。
 その瞬間、禍々しいまでの鬼気が部屋から吹き込んだ。
 思わず亜季菜は噎せてしまった。
 瑠璃の鋭く眼つきが変わり、部屋に床に描かれた魔法陣の上に揺らめく影を見た。
「やはり貴女でしたか」
「ほほほっ、お主なら来ると思っておったぞ瑠璃姫や」
「――真珠姫」
 瑠璃は禁忌の名を口にした。
 揺らめいていた影は燃え上がるように激しく動き、醜く恐ろしい般若の形相をした真珠姫の顔を笑った。
「ほほほほほっ、恨みを晴らす機会を与えてくれた地獄の鬼に感謝するぞ」
「亜季菜さん、下がっていてください」
 そんなこと言われなくてもわかっている。亜季菜は身を隠すように廊下に出て、顔だけ覗かせて動向を窺った。
 瑠璃は真珠姫を正面に捉えながら、視線を動かして部屋の様子を探った。
 部屋は10畳ほどしかなく近距戦に限られる。床の大半は魔法陣で占められ、壁や天井にはお札が貼られ、窓は完全に塞がれている。
 瑠璃はあることに気付いた。
「もしや、貴女はここから出られないのではないですか?」
 真珠姫が言葉を返すのに、少し間があった。
「……さて、それを知ってどうするのかえ?」
「無駄な戦いはしません」
 瑠璃は前を向いたまま部屋を出た。
 狂気した真珠姫が襲い掛かるも、ドアの前で見えない壁に当たって引いた。
「おのれ、入って来い!」
「嫌です」
 廊下に下がり、瑠璃は亜季菜に顔を向けた。
「どうしましょうか?」
「あたしに訊かれても困るわよ」
「そうですよね、ごめんなさい。では真珠姫、龍封玉はどこですか?」
「そんな物知らぬわ!」
 吠えるように真珠姫は叫んだ。
 だいぶ怒っている真珠姫から、必用な情報を訊き出すのは困難に思える。
 しかし、なんとしても訊き出さねばなるまい。
 瑠璃は部屋の入り口ギリギリに立った。
「龍封玉が盗まれ、貴女がこの世にいる以上、その関連性を疑うのは当然です。早く龍封玉の在り処を言いなさい」
「嫌じゃ、言うてやるものか」
「龍神の力は私たちの手に余ります。眠らせて置かなければいけない力なのです」
「妾の手に余るじゃと? 笑止じゃ、妾を誰だと思っておる?」
「驕り高ぶった咎人です」
 はっきりと言い切った瑠璃の眼前まで真珠姫の顔を迫った。
 まさに目と鼻の先で、歯を鳴らして怒る真珠姫。
 瑠璃はまったく動じず、澄んだ瞳で相手を見据えていた。
 その瞳から真珠姫は目を逸らした。
 あまりに眩しい瞳の輝きに、真珠姫の心に宿る闇が負けた。
「おのれおのれおのれーッ!! 妾と勝負をするのじゃ!」
「嫌です」
「この臆病者め!」
「臆病と言われてもかまいません。戦いは虚しく、悲しみと憎しみしか生みません」
「戦ずして、どうして民がついて来ようぞ。民は強い者に仕え敬うのじゃ!」
「私は海男が死んだその日に、矛を捨てました」
 愛する男との間に生まれた息子を失った悲しみは、瑠璃を戦いから遠ざけ年月を重ねた。
 未だに癒えぬ悲しみを瑠璃は背負っていた。
 陸の男を愛したことが罪だった。
 海を捨てて陸で暮らしたことが罪だった。
 生まれて来てはいけない子を産んだことが罪だった。
 そして、平穏に暮らしていた我が子を殺してしまったことが最大の罪。
 いつの間にか、瑠璃は涙を零していた。
「どうか龍封玉を返してください」
「ほほほっ、お主が苦しむ姿のなんと極上なことか」
「私への復讐が目的なのですか? ならば私の命を差し出しましょう。それで終わるのならば、喜んで差し出します」
「喜んでじゃと? お主が喜ぶことを妾がすると思うてか?」