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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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「さて、そこまではわかりません。わかっていれば、わたくしがここでのんびり話しているはずもありませんから」
「相手のメンバーは?」
「おそらく3人。それはあくまで実行部隊の数ですが。名前はゾーラ、シュバイツ、キラ。能力まではお教えできませんが宜しいですか?」
 親切に答える彪彦。
 それにたいして愁斗に疑心がないわけではない。
「あと1つだけいいか?」
「1つと言わず、わたくしが答えられる範囲ならばなんなりと」
「なぜ僕にそこまで情報を流す?」
「あなたが望んだ情報ではありませんか?」
「僕は今でもお前たちを恨んでいる。機会があればいつでも復讐する覚悟だ。なのになぜお前らは僕に手を出さない、そればかりか情報まで教えるなんて……」
「不満ですか?」
「…………」
 愁斗は押し黙った。
 不満などではない。理解ができないのだ。彪彦の態度も信用できない。相手の掌で躍らされているようで、気に食わないのだ。
 沈黙する部屋に店員が飲み物を運んできた。
 明らかに気まずい雰囲気に、店員は早々に仕事を済ませて出て行く。
 彪彦の肩に乗っていた鴉がテーブルに降り、湯気と香りの立つティーカップに口をつけた。
 そして?彪彦?が口を開く。
「安っぽい味ですね」
 半分以上残ったカップを置いたまま彪彦は立ち上がった。
「では、わたくしは仕事がありますので、失礼いたしますよ」
 黒いコートを靡かせてドアに手を掛ける彪彦は、そこで急に振り返って撫子に顔を向けた。
「来月の振込みは10パーセントカットです」
 その言葉を残して彪彦は消えた。
「今でも生活厳しいのに!」
 撫子が叫んだ。
 難しい顔をして愁斗が立ち上がった。
「僕も先を急ぐから」
 そう言って財布から5000円札を出してテーブルに置いた。
 撫子が手を伸ばした先で部屋を出て行く愁斗の後姿。
 独り部屋に残されてしまった撫子はリモコンを手に取った。
「もぉ、独りで歌いまくってやるんだから!」
 マイクを握る手はいつも以上に力が入っていた。

 その頃、亜季菜たちは愁斗よりも早く鎌倉に向かっていた。
 愁斗のように情報を得たわけではなく、瑠璃の胸騒ぎがするという言葉を信じた。
 今度は伊瀬が運転手を務めている。その助手席に瑠璃が座り、後部座席に亜季菜が座っていた。
 瑠璃の勘とも言える言葉を信じたわけだが、それでも確証のないことに亜季菜は不満を漏らした。
「本当にこっちの方向でいいわけ?」
 瑠璃は小さく頷く。
「はい、感じるのです、禍々しい怨念とも言うべき力を」
「禍々しい怨念って龍封玉が発してるわけ?」
「違います、私を呪っている者の力です」
「誰それ?」
「まだわかりません。もしかしたら罠かもしれません」
 信号で車を止めた伊瀬が口を挿む。
「罠なのでしたら危険でありませんか?」
「罠だとしても、なにか手がかりがつかめると思います」
「そうよねー、情報が不足してるのだから、こっちから罠に飛び込んでやるっていうのよ」
 と、亜季菜は後部座席にそっくり返っていた。
 鎌倉市内に入りしばらく経ったところで、急な震えが瑠璃の身体を襲った。
「今、なにか嫌な?死念?を感じました」
 後部座席から亜季菜が乗り出した。
「?思念??」
「はい、向こうも私に気付いているようです。確実に私を呼んでいるのを感じました」
 その後、車は鎌倉駅を外れて住宅街の方向へと走った。
 瑠璃は自らの体を抱き、不安と戦っていた。
 自分を呼ぶ者の輪郭が現れ、正体が浮き彫りになっていく。
 そして、それは確信へと変わっていった。
 待ち受けている敵は亡霊だ。そこまでわかっていて、瑠璃は自分の考えを否定した。黄泉がえってはいけない存在。
 悲鳴とも叫びともつかぬ過去の幻聴が瑠璃の耳に響いた。
 醜く恐ろしく、凄惨な死を遂げた姫の名。
 あの戦い以降、その姫の名を呼ぶことは禁忌とされた。一族では名を喚ぶと死者が来ると恐れられているからだ。
 心の臓を抉られるような激しい痛みが瑠璃を襲った。
「止めてください!」
 玉の汗を掻きながら瑠璃は叫んだ。
 急ブレーキが踏まれ車が止った場所は、平凡なマンションの前だった。
 車から降りてマンションに入ろうとしたが、入り口はオートロックでロビーにすら入れない。
 亜季菜は少し考え、
「宅配便でも装おうかしら」
 と、適当な部屋の住人を呼び出そうとしていたところで、中から住人が出てきた。
 すれ違う住人に軽い会釈をしながら、何食わぬ顔で3人は開いた自動ドアに身体を滑り込ませた。
 先を歩くのは瑠璃だ。
「こちらの方向です」
 なにかの力を感じながら歩いているためか、エレベーターには乗らずに階段を使い、もっともなにかを感じるフロアを選んで出た。
 ある部屋の前で瑠璃の足が止まった。
「おそらくこの部屋だと思います」
 ドアノブを回したが、カギが掛っていて開きそうもない。
 亜季菜は伊瀬に目で合図をした。
「適当な理由をつけて管理人を呼んできて」
「はい、すぐに」
 身体の向きを変えた伊瀬の瞳に、コンビニ袋を持った少年の姿が映った。
 ひと目でただの少年でないと感じた。
 外観のわりに大人びていて、眼の奥に狂気が宿っている。
 少年はコンビニ袋を地面に置いた。
「あんたらなにやってんの?」
 最初から喧嘩腰の声音だった。
 伊瀬はすぐに瑠璃と亜季菜を背中に隠した。
「あなたはこの部屋の住人ですか?」
「だったらなに?」
「少々お話したいことがあります」
「ヤダね、オレには話すことなんてねぇーよ」
 少年はパーカーの腰ポケットに両手を突っ込んだ。
 伊瀬は来ると感じて瑠璃に尋ねる。
「瑠璃様は戦えますか?」
「はい」
「では、亜季菜様のことは任せました」
 伊瀬が背広の内ポケットに手を入れた瞬間、少年はパーカーから手を抜いた。同時に拳より一回り小さい丸い物体が飛んだ。それも2つ同時だ。
 軽いフットワークで伊瀬はそれを躱し、優れた動体視力でそれがヨーヨーだと知った。
 少年はすぐに背を向けて廊下を駆けた。
 逃げたというより誘っている。その誘いに伊瀬は乗った。狭い廊下でいつ人が来るとも限らない。伊瀬としても場所を替えたかった。
 少年は俊足で階段を駆け上がり、屋上を目指しているようだった。
 格子状の扉を乗り越えて少年は屋上へ出た。そのすぐあとを伊瀬が追いつく。どちらもまったく息を切らせていない。
 伊瀬は両手を背の後ろに隠していた。
 再び少年の手から2個のヨーヨーが放たれる。
 1つ目のヨーヨーを伊瀬は身を低くしながら避け、2つのヨーヨーは体勢を変えるよりも早く隠していた手を出した。
 手には合金のグローブが嵌められ、逆手に握っていたナイフがヨーヨーを弾く。
 身を低くした体勢のまま、伊瀬は勢いをつけて地面を蹴り上げた。
 2個のヨーヨーを引き戻すスピードと伊瀬のスピードはほぼ互角。ただ、ヨーヨーは引き戻してから攻撃に移る。
 輝くナイフの刃が少年の眼前を薙ぎ、刹那にして伊瀬の背中からもう1本のナイフが姿を見せた。
 ナイフが少年の生首を裂く寸前、ヨーヨーが伊瀬の腹を殴った。