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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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「その紙袋を渡していただきたい」
 桂木がロッカーから取り出した紙袋、この中に設計図があると愁斗は踏んでいた。
 だが、渡された紙袋の中を覗いた愁斗は訝しげ眼差しだった。
 リボルバーと換えのマガジン、他にも謎の装置があるが、設計図らしく物や、それを記録する記憶媒体も見つからなかった。
「設計図はどこだ?」
「ずっと私が持っている」
「身体検査ではなにも見つからなかったはずだ」
「簡単なことだ、設計図はここに詰まっているのだから」
 桂木は脳を指差して笑った。
 精密機器の設計図お頭に叩き込むなんてできるはずがない。
「まさか、信じられない」
「本当だ。他のデータは全て廃棄してしまった。設計図はもう私の脳の中にしかない」
 愁斗は桂木の腕を掴んで、近藤と合流しようと歩き出した。
 もう逃がすわけにはいかない。
 辺りの人ごみがどっとどよめいた。
 すぐに愁斗も気づき、辺りを見回す。
 なにが起きた?
 叫び声が聞こえる。
 いや、泣き声が聞こえる。
 違う、笑い声だ。
 怨霊呪弾だ!
 愁斗が桂木の身体を地面に押し倒す。その真上を抜けていく怨念。
 呪弾は愁斗たちを掠めて、通行人を蒼い炎で包み込んだ。
 本物の叫び声があがり、逃げ惑う人々。
 押し倒し合い、我先へと逃げていく。その醜さが呪弾の力となる。
 2発目の呪弾が発砲された。
 愁斗は桂木の腕を引き、階段の物陰に隠れた。
 狂気を孕んだ呪弾は壁に当たり、闇色の渦を巻く穴を作った。
 こんな場所で騒ぎを起こすわけにはいかない。
 騒ぎはすでに起きてしまっているが、愁斗はその渦に自ら飛び込めない事情がある。あくまで愁斗は一般の学生であり続けなければならない。
 物陰に隠れていた愁斗たちの傍に、近藤が駆け寄ってきた。
「ここは俺に任せて行け!」
 愁斗が頷く。
「わかりました」
 駅前に止めてあるバンまで逃げるのが得策と考えたが、その出口がある道にヴァージニアが立っていた。
 遠回りするか、無理やりヴァージニアの横を抜けるか。
 近藤が銃を構え物陰から飛び出した。
 物陰から飛び出してきた大柄の男にヴァージニアの目が向けられた。
 その隙を突いて、愁斗は遠回りの道を選んで逃げる。
 銃声が響く。しかし、それは狂気を孕んでいた。
 しまった!
 蒼白く燃え上がる桂木の片腕。
 愁斗の手が煌きを放ち、蒼い炎に包まれた腕が飛んだ。
 再び愁斗の手が妖糸を放ち、斬られた桂木の腕をきつく縛り止血する。
 痛みに耐えかね桂木は呻きながら地面に膝をついてしまった。
「腕が腕がぁぁぁっ!!」
「斬らなければ全身が灰になっていた。立て、逃げるぞ!」
 すでに切り落とされた腕は黒焦げの灰と化していた。
 銃声が響く。
 今度は近藤の銃が火を噴いた。
 ヴァージニアの太ももが血を吹き、痛みで身体のバランスが崩れる。それでもヴァージニアは呪弾を放っていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
 蒼い炎が巨体を呑み込む。
 一部始終を見ていた愁斗が叫ぶ。
「近藤さん!」
 業火に焼かれ床で転げまわる近藤の姿は無残としか言いようがなかった。生きたまま焼かれる苦しみを誰が理解できようか?
 冷静な愁斗にも焦りがよぎり、床にうずくまる桂木を必死に立たせようとする。
「立て!」
「腕が……私の腕が……」
 こうなったら仕方あるまい。妖糸で無理やりにでも歩かせるしかない。
 リボルバーを構えるヴァージニアが走り寄って来る。
 だが、愁斗はすでに別のモノを操っていたために桂木を動かすことができなかった。
 桂木に銃口を向けようとしたヴァージニアだが、危険を掻い潜ってきた勘が働いて後ろを振り返った。
 サングラスと帽子を被った長身の人物。顔は見え長いが、タイトスカート姿と胸の膨らみから女性ということがわかった。しかし、そこにいる気配はするが、人間のような気配がしないのだ。
 ヴァージニアは動けなかった。
 とても恐ろしい存在が目の前にいる。
 その隙を衝いて愁斗は桂木を抱きかかえて無理やり走らせ逃げた。

 ヴァージニアの前に立つ女性は言う。
「おまえと会うのは2度目だな」
 中性的で男性とも女性とも取れる声だった。
 さっきの中学生が?こいつ?じゃなかったのか?
 二人の存在は同じ気配を持っている。だが、こちらの方が強い。はじめて〈切り裂き街道〉で出会ったのは?こいつ?だ。
 女性――紫苑が動く。
 愁斗よりも優れた運動能力。その手が放つ妖糸も愁斗の腕を逸脱していた。
 身体が動かない。ヴァージニアの四肢はすでに妖糸によって動きを封じられたのだ。
 早すぎる。ヴァージニアの目のには、紫苑は手を一振りしかしていない。それで四肢を全て封じられてしまったのだ。
 圧倒的な実力の差を前にヴァージニアはなす術がない。
「あたしの負けだよ、殺すなら殺せ!」
「女性は殺したくない。手を引け」
「それはできないね!」
「強がるのもいい加減にしろ。おまえの震えはすべて私に伝わっている」
 妖糸はヴァージニアの動揺すらも紫苑の手に伝えていたのだ。
 力の入らない手で、ヴァージニアは辛うじてリボルバーを握っていた。
 弾の数はあと一発。
 身体が動かなければ弾を撃つチャンスもない。
 異変が起こった。
 紫苑の身体から力が抜け、ヴァージニアの身体を縛っていた妖糸も緩んだのだ。
 その隙を自分の物にしたヴァ−ジニアが、至近距離から紫苑に向けて銃を放った。
 怨霊呪弾は紫苑の胸に大きな穴を開けて、遠くの壁に当たって四散した。
 胸に穴から紅い液体が滝のように流れるが、辺りを満たした匂いはオイルのような臭いだった。
 人間じゃない!
 ヴァージアニがそう悟ったときにはすでに異変ははじまっていた。
 紫苑の身体から流れ出ていた紅い液体はやがて黒く変わり、液体とも気体ともつかぬ物資が流れ出した。
 その黒いモノを吸い込んでしまったヴァージニアは、胸が焼けるような痛みに襲われ、咳き込みながら地面に倒れこんでしまった。
 身体が痺れ動けないヴァージニアの耳に、苦痛に満ちた悲鳴が聴こえた。
 〈闇〉が宙を飛び交っている。
 視界の先に2人組の警察官の姿が見えた。
 ヴァージニアはわかったいた。来てはいけない。
 宙を飛び交っていた〈闇〉が警察官に襲い掛かる。
 骨が砕ける音と共に肉がミンチのようになって弾け飛んだ。
 相棒の警察官の顔にも肉がへばりつき、放心状態になったまま〈闇〉に呑まれた。
 ヴァージニアにはなにが起こったのかよくわからなかった。わかることは紫苑の身体に開いた穴から〈闇〉が噴出しているということだ。
 気力を振り絞りヴァージニアはこの場から逃げ出した。
 背中の後ろで泣き声が聞こえる。振り返ってはいけない。逃げなくてはさっきの警察官と同じ目に遭う。
 駅の外まで逃げたヴァージニアは辺りを見回した。まだ身体が重く、視界が少しぼやけている。
 多くの人々が集まりざわめき立っている。
 その先を走る男の姿をヴァージニアは捉えた。片腕の無い男――桂木だ。
 愁斗いたはずの桂木が一人で走っている。もしかして逃げ出したのかもしれない。
 ヴァージニアはすぐに桂木のあとを追った。