神々と悪魔の宴 ⑩<悪戯な天使>
言うが早いか、今度は公園のベンチで漫画雑誌を読んでいるスーツの男の胸と、その雑誌に矢を突き立てた。
途端《とたん》に男は紙の中に住む少女たちに恋をして、しかし応えの無い事に苛《いら》つき始めたのである。
「ねえ見てママさっきのも良かったけど、今度の方が面白いよ。あんなにおかしな格好をして……」
二人の脳裏には、男が奇妙なパステルカラーの光沢を持つ半纏《はんてん》に同じ色の鉢巻《はちまき》をして拳を突き上げて叫んでいるのが見えた。
天使はそんな幼エンゼルを見て声も出せずに両手で顔を覆《おお》うのみであった。
「ああ、何て事を――」
そうしている間に幼エンゼルは次々と手当たり次第に矢を放ち続ける。
数本しか入らない筈の矢筒には、知らぬ間に矢が補充されて、幾ら放っても尽きる事は無さそうだ。
人間以外に当てる物はお金や宝石であったり、てらてらと黒い艶を見せる昆虫であったり、自動車や冷たく光るナイフであったりした。又はタバコを吸おうとした若い女の場合は、ライターを使ったその炎にもう一本の矢が吸い込まれて行く。
天使の目蓋には他人の金までも盗もうとする者や爆音を響かせて走る自動車。ナイフを構えて暗闇に潜《ひそ》む若者や、それらを巻き込んで燃え上がる火災が目くるめく映し出されては焼失して行った。そして彼らの悲惨な将来が天使の頭の中に洪水の様に押し寄せては混乱を濁流が飲み込んで行く。
「ねえママ、道具はこの弓矢しか使えないの? もっと面白いのを出してよ」
「ああ坊や、道具は大きくなればいろいろな物を使えるようになるし、道具を使わない力も使えるようになるのよ。でも――」
天使はただ震えるのみで、続く言葉は出てこない。
そして、力を振り絞って幼エンゼルの手を掴み、慌てて天へ舞い上がろうとした。
「さあ今日はもう終わりにします。誰かに見られないうちに帰りましょう」
だが、幼エンゼルの身体は、重い錨《いかり》でも付けられたように持ち上がる事は無かった。
天使は幼エンゼルを掴んだ手が固定されて、逆さに吊られたようなかたちになってしまった。その醜態《しゅうたい》を恥じて思わず手を離してしまう。
その時、幾分晴れ間の増えた雲間から、大きく荘厳《そうごん》な声が鳴り響いた。
「こら、その子の身体は罪の重さ故に地表に縛られた。もう天へ戻ってくる事はあいならん。そなただけが戻ってまいるが良い、そなたの罪までは問うまいて」
作品名:神々と悪魔の宴 ⑩<悪戯な天使> 作家名:郷田三郎(G3)