いまどき(現時)物語
高見沢は現代サラリーマン、明日も殺人的予定が入っている。
もうそろそろお暇しなければならない。
「夜も遅いし、引き上げるとするか」と、少し未練を残しながらも切り出した。
「そうお、だけど、高見沢さん、これだけはしっかり記憶しておいてよ、いい、源氏物語の宇治十帖はね、もののあはれの極みのラブストーリーよ、だけど残念ながら、まだ完結していないの、
尼となった浮舟を、薫と匂宮が探し回っている所で終わってしまっているの、
つまり浮舟は … 夢浮橋を渡っていないのよ」
夕顔はまた粋な事を言い出した。
「えっ、夢浮橋ってか、そう言えば、別れ際に浮舟が、夢浮橋渡らせ給えと言ってたよな、夕顔はん、それってどういう意味なの?」
「夢浮橋ってね、夢の中で愛する人の所へ通い渡って行く橋の事よ」
「へえ、そういう事だったのか」と高見沢は呟き、
「だけど、浮舟の訴え方は、そんな色恋物語のチャチな意味合いではなかったような気がするよなあ …
悲恋を乗り越えて、もっと幸せになれる自由な世界へ渡って行きたい、
そういう女の一念というようなものだったよなあ」と思いを巡らせている。
「そう、そうなのかもね、だから高見沢さん、中途半端なの、
宇治川の面白いもののけとして、宇治十一帖、十二帖、十三帖と話しを先に進めて、是非ともその後の物語を終わらせて欲しいのよ」
夕顔は京美人の瓜実顔(うりざねがお)で優しく微笑みながら、しっかりと次のやるべき事を指図して来る。
作品名:いまどき(現時)物語 作家名:鮎風 遊