いまどき(現時)物語
「ところで夕顔さん、宇治十帖の物語の中では、浮舟は川に飛び込んでいなかったと思うのだけど … 本当のところは、どうだったっけ?」
高見沢は抱いていた疑問を聞いてみた。
「浮舟は入水を決意するのだけど、結局は家を飛び出して行き倒れになってしまう、そう巻物に書かれてあるわ、
だけど、高見沢さんが体験した事が一千年前に起こったホントのホントの真実よ、
浮舟は宇治川に飛び込み、それをもののけが助けたの、それから通りかかった坊さんがもののけを追っ払って、浮舟を比叡山の麓の小野の方へ連れて行ってしまう、これが事実なのです」
「ふうん、そうなのか」と、高見沢は驚いている。
夕顔はそんな高見沢に、
「そのもののけというのが、事もあろうか現代社会からワープして紛れ込んでしまったサラリーマン・高見沢一郎さんだったという事なのよ」と念を押すように付け加えた。
確かに高見沢にとって、宇治十帖の世界に入り込んだ事は愉快で楽しい事ではあった。
しかし、「化け物で初登場か」と少し不満だ。
夕顔は、高見沢のそんな表情を読み取ったのか、「もののけであれ何であれ、とにかく浮舟を助けはったんやから、名誉ある事なんエ、私のお薦め通りだったでしょ」と恩着せがましい。
高見沢は「そうかなあ」と半分説得されながら、
「夕顔さん、今回一番良かったのは、浮舟って、エメラルド・グリーンの奇麗な瞳をしていたのがわかった事なんだよ」と感動の新発見の話しをした。
「へえ、初耳だわ、彼女って緑の目を持った女性だったの、それでわかったわ、なぜ薫も匂宮も一所懸命になって行ったのか、ホント不思議ね、いつの世もグリーン・アイズの女性に男達はメロメロになるんだからね」
今度は夕顔の方が驚いている。
「その通り、男がこの世で一番手に入れたいもの、それはグリーン・アイズの女性なんだよなあ」と呟き、高見沢は浮舟の緑の瞳の輝きを思い出しながら、一人頷いているのだ。
作品名:いまどき(現時)物語 作家名:鮎風 遊