いまどき(現時)物語
上流に目をやると、どことなく古びた木の橋が一本掛かっている。
「あの橋、アンティークでえらく年代ものだなあ、だけどこの雰囲気、心に安らぎを響かせてくれるよ、ああこの心地良さね、うーん、どこかで … 」
高見沢は、記憶の奥に眠る残像を引き出そうと試みてみるが、うまく行かない。
「まっいっか、その内思い出すかも」と、ここはこだわる事を諦めて、さらにその風景に目を凝らしてみる。
すると、橋の上に着物姿の若い女性が一人。
まるでこの自然に溶け込むようにぽつんと立っている。
「清楚な人だなあ、あんな所で一体どうしたんだろう、ちょっとやつれているようだけど」
今、高見沢が目にしている情景、それは初夏の青葉溢れる山々と清く流れる川。
そんな清涼の中、古風な女が一人、恍然自失と一本の古い橋の上に立っている。
高見沢は「まるで夢の中に出て来そうだなあ」と思った。
「ホント、絵になってるよ、いいぞ、いいぞ、これこそ日本の風景だよ、サラリーマン人生で傷付いた心、その癒しには、こんな視覚的快感が一番なんだよ」
高見沢は軽薄なる感動で独り言を呟いた。
まさにそんな満ち足りた至福の瞬間にだった。
その和風麗人が、着物の袖を翼のように大きく広げた。
高見沢はそれを見て、感極まりの叫び声を上げてしまう。
「ビユウちフル!(美しい!)」
そして女は、まるで白鷺(しらさぎ)が水面に舞い降りるが如く、ふわりと川へと飛び降りてしまったのだ。
「あっ!」
高見沢は美の感動から一転、大仰天。
「これはえらいことだ、どうしよう」
高見沢は、今じっくりと考えている時間がない。
中年の割には反応が速い。
「身投げか?」
条件反射的に体が先に動き出す。
「助けなアカン!」
高見沢は、川の中へ何のためらいもなく飛び込んで行ったのだった。
作品名:いまどき(現時)物語 作家名:鮎風 遊