いまどき(現時)物語
この「想いの方と愛を育みたい」と聞いた瞬間、高見沢も浮舟も、背筋がぞくぞくとする言うに言われぬ悪寒が走ったのだ。
それもそのはず、小夜子花がそう答えた時に、
その美人顔が … 般若の面構えに
一瞬変わり … したたかに笑っているように見て取れたからだ。
今までの全ての出来事が、新たな愛へのための「女の一念、岩をも通す」、それであったのだろうか。
そんなおぞましい空気が二人に覆い被さって来た。
「奥様、これからの人生、その愛されている方と、しっかり生きて行って下さい」
高見沢は、こんな励ましの言葉を述べざるを得ない。
「はい、高見沢様、もちろんそうさせて頂きますわ」
小夜子花は軽く返し、独り言のように付け加えるのだ。
「それにしても、愛はいつも希望で始まり、そして深い憎しみで終わるものなのかも知れませんね、
だけど再び、
新たな愛が、そう、憎悪の後に芽生えて来るものなのですよね」
小夜子花は、この後さらに、特に躊躇する事なく言い放つのだ。
「愛より憎しみの方が、随分とエネルギーを生むものなのですね、よくわかりましたわ」
そして、その沈んだ表情を一転させて、
「これでもう思い残す事は何もありません、本日はわざわざお参り頂きまして、ありがとうございました」と礼を述べて来る。
そして事もあろうか … 小夜子花がニッタリと微笑んで来るのだ。
高見沢と浮舟、
二人には、この般若の不気味な笑いが …
そう、それによって二度と拭い去れないおぞましい恐怖心が、心の奥底に刻み込まれてしまった。
そして、それを抱え込んだまま、小夜子花に暇を告げ、桜木家を後にしたのだった。
作品名:いまどき(現時)物語 作家名:鮎風 遊