掌の中の宇宙 1
Episode.-3 ジム・タイラー
「いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、
狼の中に羊を送り出すようなものです。
ですから蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」(マタイ10・6)
「博士はゲームなどは・・・
例えばチェスなどで楽しんだりする事はあるのですか?」
「チェス?手筋ぐらいは理解しているが・・・
好んで指すというレベルでは・・・。
まあ両者の力量が拮抗しているのであれば、
暇つぶし・・・そう例えば今現在のこういった
プログラムの読み込みのような時間に楽しもうとは思うがね。
ああ勿論これは皮肉では無いのだが・・・」
モニターを介しての会話、
アレクサンドロの部屋は外部と空間的に遮断されており、
その遮断された外では20名程のスタッフが所狭しと駆け回っている。
様々な機械類、幾つかのベットに何人かの被験者、
既にベットに寝かされている者も居るしスタッフと話している者も居る。
唯、1人だけ、厳重にその身体を拘束された人物が居る。
其処にはスタッフの他に外部からの者からも付き添われている。
既に眠らされているようだ。
大人では無い・・・幼い少女のようだ。
ベットに寝かされて様々な準備が始まる。
女の子はピクリともしない。顔色が悪い、
本当は美しい子なのだろうが頬がやつれて
・・・見る人が見ればそれなりに不吉な思いがするだろう。
2つの班の主任が部屋の強化ガラス越しに
アレクサンドロに準備完了の合図を送り、
彼はそれを視線の端で確認する。
「博士、こちらの準備は全て整いました。
後は侵入のタイミングを合わせるだけかと。」
モニターの向こうの人物が頷く。
アレクサンドロがジム・タイラーの背景に何か写りこんでいないかと目を凝らす。
平凡な風景。
太陽の光、窓が一つ、観葉植物、机、筆記用具・・・。
ラジオ放送、波の音?・・・海辺か?
「長官、あなた自身の準備は出来たのですか?」ジムが尋ねる。
ジムの指先が微かに揺れ動いている、苛ついているのだろうか?
「ご心配なく、私自身は常にもう一つの世界と通じていますので。
ああ勿論、物語が進行すれば私もそれなりに集中しないといけませんが、
今の段階ではこの程度の状態で十分です。
ソラが有する特殊能力もいつでも発動可能です。
博士は私との契約がご心配なのでしょうが・・・
決してご期待を裏切るようなことはありません。
私の方でも貴方との契約の重要性を十分認識しておりますので
必ずご期待に添える結果を導きたいと思います。
それでは最後にもう一度、手順的なものの確認をしたいと思いますが、
如何でしょうか?」
時間稼ぎとはばれているだろうが・・・
しかし彼は回線を切ることなくそれに応じる。
「まあ今更特に確認する事でも無いだろうが・・・
とりあえずもう少し話を聴いておこうか。」
「はい、承知しました。
・・・私を含めて4人が
もう一つの世界のパワーバランスをコントロールしております。
そしてこの4名はそれぞれに独自の特殊能力を有しております。
私の能力は現実世界での術者の位置を知る能力です。
しかし位置を知る事ができますが
誰なのかはある範囲でしか知る事ができません。
ヌクォル彼の能力は恐らくですが
現実世界での術者の姿を知る事ができます。
しかし姿を知る事ができますが何処にいるのかは
ある範囲でしか知る事ができません。
セルベイスとアルソアについては・・・
恐らく能力の一つとして私やヌクォルの能力を
自分に対して無効にする事ができます。
しかしこれには条件がついていますが・・・。
そしてもう一つ・・・そう博士、貴方が創り出した転送装置の様なものです。
私やヌクォルの能力はどちらかというと
現実世界に対しての方向性が強いものでした。
それ故に覇権争いでは2名に遅れを取ってしまったのです。そして・・・」
「ああ、少し・・・
君の特殊能力をアルソアが無効に出来ない条件を教えてくれるかな?」
「はい、無効に出来ないのは『アルソア』が一定以上の力を現した時です。
その時はアルソア自身の特殊能力も相殺されて
私の能力を発動する事ができます。」
「一定以上の力とは?」
「・・・まあ世界を崩壊させようとするぐらいの力でしょうか?
しかしこれについては策があります。
セルベイスがアルソアを直接攻撃すれば・・・
彼女もそれなりの力で応戦する筈です。その手筈は整えています。
私はもう一つの世界の中ではセルベイスに平伏していますが・・・
彼の動きも所詮は私の戦略の一つです。
博士、貴方の望み、アルソアの現実世界での所在
をつきとめる事ができるでしょう。」
「アレクサンドロ長官、よく理解できたよ、これ以上の話はもう必要が無い、
さっき私の息子からも連絡があったものでね、
彼らもまたもう一つの世界に導かれているらしい。
正直敵にまわすと面倒なのだが・・・。
まあいい、私は私なりにデータを採取させてもらうよ。
では長官時間を合わせよう。・・・・。」
「はい。ジム・タイラー博士・・・。」