掌の中の宇宙 1
Episode.-4 ミッキー=イスラエル・ローズ
世界は始めは無色で、色を帯びるのは・・・
老僧が現実世界に於いて力を揮うのは之が最後なのかもしれない
激しく永い修行の末に辿りついた境地
最早肉体が尽きはじめていた
堂の床一面に在る曼荼羅図
堂の外で読経が始まる
沙羅の葉がざわめく
旋律が言霊を目覚めさせる
数十人の僧が言の葉を操る
其れは増幅されて堂の中に染みこんでゆく
共鳴して堂がピリピリと音を焚き始める
堂の中で老僧が掌で炎を操る
老僧の掌は皿の様に硬く滑らかで、肉体は炎を凌駕している風で
というより老僧の操る炎はそもそも温度が無いような印象を受ける
しかし堂自体に塗り込められた塗料はこの炎から堂を守る為のモノであって
灼熱の龍が堂の中で渦巻き始めた。
現実世界から一つ先の処に足を踏み入れる
そもそもこの炎の源は多くの信者が供えにくる蝋燭の灯火を集めて創っている
其れは特別な信仰の力で現世の風では消すことはできない
そうした炎を組み合わせて掌に集める
炎が激しく息をする煩悩が熱でもだえ苦しみ始める
炎が炎を喰らい始める
其れは何処までも続き終わる事の無い輪廻の愚かさを思い起こさせる
やがて炎龍に呼応して曼荼羅図が蠢き始める
曼荼羅の中心にいるイスラエル・ローズ
彼の瞳が煌き始める
時間と空間を統べる魔神の力が曼荼羅を支配しようとする
炎龍が曼荼羅図に潜り込んだ
曼荼羅図全体が炎の海になる
老僧の周りには強力な結界を張っていて
結界は白い光の防御壁を創り僧を炎龍の力から守っている
自ら産みだした龍だが制御が効かない
老僧が其れを成し遂げるにはまだ無間に輪廻に留まり続けなければならない
曼荼羅図が歪んで痙攣を始める
描いた色が闇に弾き込まれて巨大な引力を生み出している
実はこの曼荼羅図は2重に描かれていて
イスラエル・ローズの僅かな周りには別の小さな曼荼羅図が存在している
その周りに巨大な曼荼羅図が在り、其れが炎龍を詠んでいる
イスラエルの陣取っている曼荼羅図は防御の図で
その中で彼も瞬間を計っていた
曼荼羅図が暗闇に輝いて次ぎの瞬間其処から炎龍が黒い炎を帯びて舞い上がった
其のままイスラエルを飲み込もうと覆い被さる
堂の内部の温度が一気に上昇する
龍の爪が龍の牙が・・・その炎の細かい動きまでが鮮明に見えた
イスラエルの両目が輝く
炎龍の瞳に輝きが突き刺さる
聴いたことの無い深い叫びが堂の中に反響する
空間が制限されて時間が留まる・・・。
老僧が我に帰ると堂に在った二重の曼荼羅図は消え去り
堂に塗りこまれた塗料は無くなっていた
変わりに堂の床から壁から全てに一体の巨大な龍の絵が描かれていた
炎の化身である炎龍が映し出されていた
老僧は龍の顔を見た
龍の目は黒く塗りつぶされていた。