掌の中の宇宙 1
Episode.5 出逢い
女の子に抱かれたうさぎは心地良さそうに眠っていた。
「この子、いま寝たところなの、
さっきまで私と遊んでいたのに・・・疲れたのかもね」
細い指先でうさぎを撫でている。
うさぎは呼吸に合わせて僅かに体を動かしていて・・・。
「うさぎ・・・返して欲しい?」
女の子は少し眩しそうな感じでこちらを見ている。
「うん、返して欲しいけど・・・いいの?」
月の光が辺りを照らす。
女の子の影が揺らめいて・・・。
「うさぎとルナを交換してくれない?」
女の子は月の光を浴びて、滑らかな磨かれた石の様な・・・
風は殆ど吹いていなくて、
女の子の瞳を見つめると其れは何処までも透き通った水底の様。
「ネネム君、ルナは今何処に居るの?」
女の子の声は何回もネネムの中に飛び込んでくる。
其れは耳から聞えたり、目から見えたり、心に降り込んできたり・・・
その声に抗う事は凄く難しい気がした。
ネネムは少しボンヤリとして・・・
「ルナの事?ルナは僕の友達だよ・・・ルナが何処に?」
ネネムは女の子に引き寄せられる気がした。
ネネムは目を閉じた。
深い深い・・・どこか柔らかい所に埋もれていくような感覚。
女の子の抱いているうさぎ・・・。ネネムは少しずつ近づいていく。
女の子は少し笑っている。
不意にネネムが立ち止まって・・・左の腕で胸を抑える。
ネネムは心の中に有る、
バラバラになっているもう1人の自分を想像した。
辺りの草原は様々な光が混在していて・・・
光の中で2人はお互いを感じていた。
お互いの距離はほんの僅か。
しかし僅かの空間には何かが起こっていた。
波長の違う粒子のうねりが蛇の様に絡み合い・・・
更にうねりを増して辺りを飲み込んでいる。
「ルナヲカエシナサイ、ルナヲテバナシナサイ、るナ・・・」
女の子の抱いているうさぎが目を開いた。
其れは先の見えない様な深い・・・青い目だった。
女の子の影が激しく揺れて真っ黒な腕が伸びてくる。
ネネムの持っている花が一気に散り始める。
女の子の抱いているうさぎは瞬く間に大きな獣に変わる。
その二つはネネムを目指していた。僅かな距離。
心臓には獣の爪が、喉元には黒い手が命を奪おうと伸びてくる。
寸前のところでその動きが止まった。
ミッキーの腕が黒い腕を掴んでいる
獣の爪はジミーが弾いていた。
女の子の影から今度は無数の影の剣士が飛び出してくる。
それぞれが必殺の構えをとって・・・。
ミッキーの右目が輝く。
其れは時間を支配する魔人から与えられた力。
影の剣士達を、瞬間に縛りつける。
ミッキーは掴んである黒い腕を思いっきり放り投げる、
それは真っ黒な、蜘蛛の様な手足の・・・。
空中で回転して地面に降り立つ。
黒い男は首を振りながら・・・此方を睨みつけている。
その刹那にミッキーの左の目が光る。
其れは空間を支配する魔人から与えられた力。
動けない剣士達は全て鏡の壁に捉えられる。
青い目の獣はジミーに弾かれて未だ動けない。
ジミーが掌から長剣を現した。其れを物凄い勢いで地面に突き刺す。
大地に・・・大気にも振動が走り、鏡の壁は全て崩れ去った。
獣と黒い男・・・そして黒ずくめの2人。
体制を整えた青い瞳の獣がジミーに牙を剥く。
十分に引きつけてからジミーはその獣の腹に蹴りを食らわす。
獣の体躯が不自然に折れ曲がる闇を切り裂く叫び声
黒い男はミッキーに手を伸ばす。
それは何処までも伸びて・・・ミッキーの右目が輝く。
黒い男の伸ばした手が凍りついてゆく
しかし・・・完全には止まらない。
瞬間、ミッキーは黒い男の懐に潜り込んで・・・思いっきり地面に殴りつけた。
黒い男は口から糸を吐いた。
しかし左目からの輝きを浴びて・・・糸は凍りつく。
黒い男は素早くミッキーの傍を離れ、青い瞳の獣の傍へ。
その二つはお互いに溶け出して・・・そして一つになった。
「ガァァァあぁーゥゥーー」口から溶解液のようなものを吐いている
草原に異臭がして地面がボコボコと音を立てる
2体は溶け合って完全な怪物へと変化した
「やれやれ」これはミッキー。
ジミーは・・・すこしイライラして・・・
「いいから早く来いよ!粉々にしてやるから!」
女の子とネネムの姿は・・・其処にはもう無かった。
月の光は今は、戦いだけを照らし出して・・・
魔界の花は全て散り、もう少しで地面に落ちる。
その刹那な時間。
ネネムとこの世界に送り込まれた少女の心は他の場所にたどり着いていた。
其処は・・・この世界で最も深い場所。
時間は既に無く。
無い時間を二人は感じている。