真夏の逃避行
再び心臓が止まりそうな程驚いて、早川は立ち止った。直角に合流した廊下の奥の、突き当たりの扉の前に、見知らぬ若い女の姿があった。
「違います。今来たばかりです」
「逃げるんですか?」
興奮した顔の女は、小ぶりのバッグを抱えていた。
「そうです。そちらも犯人ではなさそうですね」
「違います!わたしも、来たばかりです」
「そうですか」そう云うと早川は玄関へ逃げた。女が追ってくるのが判った。三和土におりた早川は、手こずりながら、慌てて靴を履いた。庭を走った。門が遠い。
やっと車に辿り着いた。座ったシートが熱い。キイが差せない。手がふるえている。漸く差し込んだ。まわした。エンジンは始動しない。助手席の扉が開いた。怒った顔の女が乗り込んできた。
「一緒に逃げます!」
周囲を見回した。歩いている人の姿はない。
「エンジンがかからないよ!」
「諦めちゃだめ!」