真夏の逃避行
奥の二十畳程の和室は、修羅場となっていた。血の海と云っても過言ではない惨状に、彼は驚かされた。艶のある大きな黒い膳のまわりに、血まみれの三人が倒れている。被害者はマンションのオーナーと、その妻、そして娘だった。凶器らしい物は見当たらない。
昨日もこの三人と、会社のオフィスで会った。こんな目に、必然的に遭わされるような人たちではなかった。それぞれに、好ましい部分が感じられた。もっとよく知り合いたい人たちだった。
急いで手当すれば助かるかも知れない。電話器を発見した早川は、警察署に電話し、担当者にオーナーの家の住所を伝え、重症の負傷者が三人出たので、急いで救急車を手配して欲しいと云った。名前を訊かれたが、もう一度オーナーの住所を云ってから通話を終了し、電話器の指紋をティッシュで拭き取った。そのあとで気付き、ポケットに突っ込んであった軍手を両手に装着した。 早川は、急いで逃げるべきだと思った。第一発見者が容疑者にされ、犯人にされてしまうというようなことが、多いと聞いている。今、誰にも見られずに逃げてしまえば、早川は冤罪を免れることができると思った。
足は勿論のこと、身体全体がふるえている。水の中を歩くように、歩きづらい。廊下が長い。悪夢のように感じながら、転びそうになりながら、急いだ。
「あなたが犯人ね!」
真横から女が叫んだ。