真夏の逃避行
「五千万円だよ。だけど、他人の物なんだ。何の価値もないよ、そんなもの。金というものはね、自分で働いてコツコツ貯めたものだけが輝いてくれる。大手を振って使うことができたとき、やっと嬉しいものになる」
早川は云いながら考えていた。あれだけあれば、早川の父が経営する会社は潰れずに済んだのだった。そして、両親が同時に命を落とすこともなかったのである。
早川は車のサイドドアを閉める際に、それをロックした。
高速道路上で炎上し、黒煙を上げる車の新聞写真を、彼はまぶたに浮かべていた。息子を残して両親が心中したのである。それを想い出した早川の瞼から、大量の涙が溢れ出した。
はるかは微笑んでいる。その眼は、薄暗い中であっても輝いていた。だが、男の涙がその表情を一変させた。そして、彼の元へ行って両手を取った。
「悲しいことを想い出したんだね!わたしに話せば少しは楽になると思う……」
早川は、はるかの手を振りほどき、そして、彼女を抱いた。湯あがりの火照ったやわらかい身体を、彼はいとおしく思いながらも泣き続けた。