真夏の逃避行
稜線の上の道に出た。真正面に巨大なオレンジ色の満月が現れた。
「わぁ、大きいわね。早川さんが狼男だったら、乙女のピンチね。携帯もだめだし……」
「ここに乙女がいたらね」
「そんなこと云ってると、いつものようにカップ麺しか食べられなくなるよ。いいの?」
「失礼いたしました。麗しきお姫様。どうか私のはかない夢を叶えてください」
「うーん、ずっと運転ばかりさせてるしね。今夜は折れてあげよっかな」
暫く下って行くと、こんな人里を離れた山の中に、温かい白熱電灯の明かりが見え始めた。
こんなに小さな、みすぼらしい小屋だったのだろうか。その建物の入り口の脇に「村営温泉」と、大きな札に書いてある。
「設備保全のため、入浴者は箱に百円を投入してください」と、そんな表示も、壁の木箱の傍にあった。
「すっげぇ!五年ぶりなのに辿りつけたぁ」
「学君偉い!こういうのが、秘湯中の秘湯ね」