真夏の逃避行
車検証を早川に返却すると、若い警察官は車の周囲を一周した。中を覗き込んでいる。早川の手を、はるかの小さな手が握った。
警察官は執拗に車の中を覗き込みながらもう一周した。はるかの手が汗ばんできた。
「こんなところまで出張で、大変ですね。或る方面から確認を要請されたんですよ。どうも、どうも。じゃあ、事故に気をつけてくださいね」
警察官はそう云ってから去った。
「なんだか、ちょっとスリルがありましたね」
早川もはるかも、顔が蒼ざめていた。
「手を繋いでくれたから、心臓マヒで倒れなくて済みました。ありがとう」
真近に見上げているはるかが、急に笑顔を輝かせた。
「あなたの手は、大きな温かい手ね」
さやかが云ったことは本当だろうかと思いながら、暑い運転席に入った早川は、不本意ながら渋滞の中に車を入れた。
「あなたは早川さんっていうんですね。エアコンもない車で、毎日重い物を運ばされて、大変なお仕事ですね。その上事件に巻き込まれて、辛いわね」
はるかは眼を潤ませているように見えた。
「はるかさんと知り合えて良かった。あなたは思った通りの、優しいひとですね。嬉しいです。ありがとうございます」