茶房 夢幻楼
わたしはもう一度、さっきの場所に行きました。けれど、そこに喫茶店はなく、大きな古いケヤキの木が立っているだけの空地でした。ぼうぜんとその木を見上げていると、後ろから不意に声がしました。
「ああ。店、なくなっちゃったのか」
振り向くと、若い男の人がいます。
「あの、ここは……?」
わたしは、その人に尋ねました。
「夢幻楼っていう、喫茶店があったんだ。二年前、仕事でここを離れるまで、毎日のように来ていたんだけど。残念だな。マスターには預けておいたものが……」
言いかけて、彼はわたしの手に握られた人形に気がつきました。
「あ、それ。ぼくの」
今度はわたしの方が驚いて、まじまじとその人の顔を見つめました。太いまゆに面影があります。ちょっとどきどきして、人形を手渡しながら、聞いて見ました。
「タカシくん、でしょ?」
「え?」
琥珀色の風に包まれて、二人のまわりだけ時間が止まるのを感じました。
「き、きみは……!」
ゆっくりと、思い出のねじを巻き戻したタカシくんの顔に、昔のほほえみがうかびました。