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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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茶房 夢幻楼

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ケヤキ並木が色づいて、冬の吐息が聞こえてきそうなある日のことです。
 引っ越してきて三ヶ月、やっと慣れたこの町で、散歩の途中、ほんの気まぐれに、わたしはいつもの道を通り越して、一つ先の路地に入ってみました。
 石畳の狭い道の両側には、セピア色の写真からぬけでたような、古い家が並んでいます。
 見知らぬ町にやってきた旅人のような気分で歩いていくと、つきあたりに木造の洋館がありました。ぴかぴかに磨かれたガラス窓に、ビスクドールや石油ランプが見えます。
 なんだかとても懐かしいたたずまいに、ひきよせられたわたしは、玄関の前に立ちました。ステンドグラスのドアには、『茶房 夢幻楼』と書いた看板がかかっています。
(喫茶店? 変わったお店だわ)
と、思いながらドアを開けると、目の前に不思議の国が広がりました。
 天井には、鷲をかたどった中国の凧。かべには、ピエロやお能のお面がかかっています。棚の上にはからくり人形があり、わたしが子どもの頃遊んだのと同じ、セルロイドの人形も、籐の椅子に腰掛けています。
「ようこそ。夢幻楼へ」
 奥から恰幅のいい、白いひげの老人がでてきました。
「お客様方に、昔を懐かしんでもらおうと思って、わたしが趣味で集めたものです。ごゆっくりどうぞ」
 手渡されたメニューには、変わった飲み物の名前が書かれています。
「花かんむりの野原、シャボン玉の涙、枯れ葉色のまどろみ……。いったいどんな飲み物なんですか?」
 すると、マスターは笑いながら、
「そうですね。お客様には、これなどいかがでしょう」
と、『思い出色のしずく』という名前のお茶を指さしたので、その名前にわくわくしたわたしは、迷わず注文しました。
 ふと、ガラスケースに目をやると、ブリキのおもちゃがならんでいます。金魚のじょうろ、人気漫画の大きなロボット。ゼンマイで動く仕掛けの人形は、お巡りさんや、コックさん、イギリスの衛兵です。わたしはちらっと頭の奥に、何かを思い出しかけました。

「お待たせしました」
 そこへお茶が運ばれて来ました。マスターに勧められて、螺鈿細工を施した、うるし塗りのテーブルの前に座ると、まるで中国の貴族になったような気分です。透かし模様の入ったカップを口に近づけると、キンモクセイのような甘い香りに、胸の奥がきゅんとなりました。懐かしい人に出会ったような、そんな気持ちです。そのとき、今まですっかり忘れていたことを思い出したのです。
 そう、ゼンマイ仕掛けのブリキの人形を持っていた、タカシくんのことを。
 
 タカシくんは乱暴で、だれかれかまわずいじめて、嫌われていました。
 ある時、わたしは大切な人形を、タカシくんに川に捨てられてしまいました。あいにく、大雨の降った後で、川は増水していたので、人形はたちまち流れていってしまいました。
 わたしは悔しくて、仕返しにタカシくんのおもちゃのねじを、こっそりとってしまったのです。
 それからまもなく、タカシくんは転校して行き、新しい人形を買ってもらったわたしは、そのことを忘れてしまいました。
 もう一口、お茶を飲むと、まわりのようすが変わりました。
「え、ここは?」
 小さな電球が一個ついているだけの、薄暗く、狭い部屋。すみっこのほうに男の子がいます。後ろを向いてしょんぼりして。
(ああ、ここは見たことがある。タカシくんの家だ……)
 たった一度、わたしはタカシくんの家に遊びにいったことがありました。黒いトタンばりの、ちょっと強い風が吹いたらたおれてしまいそうな、小さな家でした。
 その日、タカシくんはとってもきげんがよくて、学校の帰り、わたしに声をかけてきたのです。そのとき見せてもらったのが、イギリスの衛兵をかたどった、ブリキの人形でした。
「これ、ゼンマイで動くんだぜ」
 赤いほっぺをてかてかさせて、ねじを巻きながら得意そうにいいました。
「母ちゃんが買ってくれたんだ」
 
 そのときの笑顔を思い出したわたしは、動かせなくなったブリキの人形を抱え、きゅっと唇をかんで、声を押し殺して泣いているタカシくんの姿に、胸が痛くなりました。
 お茶を一口飲むたびに、タカシくんの生活が、走馬燈のように映し出されます。
 小さなタカシくんの目の前で、くり返されるお父さんとお母さんのけんか。やがて、お父さんの暴力にたえかねて、お母さんが家を出ていってしまいます。
 ブリキのおもちゃは、そのお母さんが、タカシくんにお詫びのしるしにと、買って送ってくれた物だったのです。いつか迎えに行くから、という手紙といっしょに。
 けれど、建設現場の事故でお父さんが亡くなると、タカシくんは、親戚の家に引き取られていったのです。
 
「ごめんね。タカシくん」
 ほんの少し、お茶の残ったカップを見つめながら、わたしはつぶやきました。
 タカシくんは、自分の気持ちのやり場がなくて、あんな乱暴をしたのだと、初めてわかりました。きっと、人形を捨てたのだって、わたしがみんなに見せびらかしていたから……。
 わたしは、なんて思いやりのない子どもだったのでしょう。
 一生会えないかもしれないけど、もし、いつかタカシくんに会えたら、必ずあやまろう。
 そう思って、最後の一口を飲み干しました。すると、もう一つ、大切なことを思い出したのです。はっとして立ち上がると、
「いかがでしたか?」
と、マスターが声をかけてきました。
「おいしかったわ。でも、不思議なお茶ですね。おかげで大切なことを思い出しました」
「お役に立ててうれしいです」
 マスターは白いひげをなでながら、いっそう目を細め、わたしが店を出るとき、包みをくれました。
「今日の記念に、これを」

 わたしは思い出したことを、早く確かめたくて、走って家に帰りました。
 急いで、押入から段ボール箱を引っ張り出すと、その中から、子どもの頃、宝ものを入れていた、飾りのついた箱を出しました。
「そうそう、この中に、確か」
 貝殻や、木の実やビーズで作ったアクセサリー。きれいな石。そして、一番底にありました。ブリキの人形のねじが! タカシくんの人形から抜き取ったものです。
 わたしは、ねじに鎖をつけると、部屋のカギと一緒のキーホルダーにつけました。こうしておけば、もしタカシくんに再会したとき、いつでも返すことができます。
 なんだか胸のつかえがとれたような気がして、ほっとしたわたしは、マスターからもらった包みをあけました。
 ところが中を見てびっくりしました。あの衛兵の人形ではありませんか。
「どうして、マスターはこれをわたしに?」
 わたしはまじまじと人形を見つめました。そして、人形の背中に、小さな文字が書いてあることに気づいて、もう一度驚きました。
 かすれていますが、タカシと読めます。なんということでしょう!
 ねじを差し込むと、ぴったり合いました。少しさびていましたが、ゼンマイを巻くことができ、人形は動きました。
 わたしは何度も何度もゼンマイを回し、人形を動かしました。まるで、なくした時を巻き戻すみたいに。
作品名:茶房 夢幻楼 作家名:せき あゆみ