朝露
「ヘレナ・・・」
アウレリウスは、まっすぐにヘレナの瞳を見つめている。
「私は、ヘレナにいろいろと教わることがあって、本当によかった・・」
「ナポリにいたままの生活では、本当に駄目な男だった。ここローマに来て、これほどの財産と将来の基礎を与えてくれたのは、ヘレナ・・・君のおかげなのさ・・」
アウレリウスに面と向かって言われて、ヘレナは益々赤面してしまう。
「君の体調が、問題ないのであれば少し君と旅をしようと思うのだが・・・」
「え?」
意外な言葉であった。
「あ・・・はい・・」
もともとへレナはアウレリウスの使用人であるから、断るすべも無かった。
そしてアウレリウスと旅の目的地は、わからぬにせよ一緒の時間が過ごせると思うだけで、気持ちや身体に張りが出てくるような気がしている。
アウレリウスは、2,3日へレナの体調を見計らい、回復を確認したうえで、旅に出発した。
アウレリウスとヘレナの一行は、ローマを出て、一路ギリシア方面に向かっていく。
天候にも恵まれ、そして立ち寄る街では最高級の宿で疲れを癒す素晴らしく快適な旅である。
「アウレリウス様・・・こんな贅沢で幸せで・・」
ヘレナは本当に幸せな顔をして、アウレリウスを見つめる。
「ヘレナ・・・これは私からのささやかな お礼だ・・・
そして・・もっと大きなお礼を用意してあるから・・・」
アウレリウスは優しい眼でヘレナを見つめる。
「でも・・・今は 黙っておこう・・」
ヘレナは聞きたくもあったが、万が一聞いたりして、この夢のような時間が消えてしまうかと思い、それから聞くことは無かった。
一行は、すこぶる順調に旅を進め、ついにアテネ市内に入っていく。
ヘレナにとっては、数年ぶりの故郷である。
懐かしさや、亡き夫への想い、そして複雑な不安が心の中で交錯している。
「ヘレナ・・・もうすぐ着くよ・・見てごらん・・」
アウレリウスの声で、思い出に浸っていたヘレナが顔をあげると、かなり豪華な屋敷が見えてくる。
「ここは・・・?」
ヘレナがアウレリウスに尋ねる。
「うん・・ここは君の家だ・・・」
「え?・・・それは・・・」
「ファビウスへの借金は 全て払い終えた。
もう ファビウスの家に行くことや、彼に頭を下げることは無い。」
「そんな・・・アウレリウス様・・」
あまりのことに、ヘレナの瞳が潤む。
「私がローマで築いた財産は、君の支えが無くてはできなかった・・・当然のお礼なのさ・・」
「君が一生、暮らしに困らない程度の財産は、既に準備してある。」
「アウレリウス様・・」
ヘレナは、もはや涙を拭くそぶりもない。
「ヘレナ・・・泣いてはいけないよ・・・
もうひとつ、本当の大切なお礼がある。」