朝露
アウレリウスの心はファビウスやヘレナ、ナポリで待つ父や母、そしてルチアの心を無駄にしないという意思で充ちていた。
ギリシア語を中心とした学問は、ヘレナの熱心な教育もあり、驚くべき成長を見せ、ローマ在住の学者達にも知られるようになった。
そして、その学者達を通じて、元老院議員とも親交を結び、そのことがファビウス家やアウレリウスの家の繁栄にも、一層の効果をもたらすのであった。
また、アウレリウスは、ファビウスの商団に同行して、ローマを離れ、エジプトやアテネ、コンスタンティノープルに行くようになった。
ファビウスにとっては、ギリシア語や様々な知識に詳しい最も信頼できる片腕に成長していたのであった。
「アウレリウスよ・・・お前は本当に成長を見せている。
今後は、お前に少し商売の一部を任せてみようと思う。
特に、ギリシア方面の交易だがな・・・
ヘレナを片腕に使い、私の使用人も少し貸すからやってみないか・・・」
アウレリウスは、ヘレナを通じてギリシアに強い興味を持つようになっていたし、成功する自信もあった。
何しろ、ギリシアと名が付くだけでガラクタを含めて、数倍を越える価格で購入するローマの元老院議員がほとんどであったからである
アウレリウスは、ファビウスからギリシア方面の商売を任され、意欲的に取り組んだ。
ヘレナの熱心な協力もあり、成果は目覚しいものとなり、ファビウスも感心しきりである。
「アウレリウスよ・・・、私はお前にこれほどの商才があるとは、見抜けなかった・・・せいぜい、ローマ見物ぐらいで過ごす程度であると思っていたのになあ・・・」
「お前は、既にギリシア方面においては、私以上の商売先を持ち、財産もかなりなものになっている。できれば、私の養子として迎えたいぐらいだ・・・」
夜の食事になると、ファビウスはいつも上機嫌でアウレリウすに語りかけてくる。
ヘレナは、そのようなアウレリウスの成功を、心から喜んでいた。
そして、アウレリウスの自分に対する優しい心遣いや、その美貌に、しだいに彼を愛する気持ち、彼をナポリに帰したくない気持ちが強くなってきていることに、苦しみを覚えるようにもなっていた。
しかし、アウレリウスがへレナに求めているのは、ヘレナのギリシア語を中心とした、学問や知識の伝授と、身の回りの世話だけである。
もっとも身の回りの世話といっても、トーガの着付けぐらいであり、とても男女の愛に結びつくような兆しは無い。
「ヘレナ・・・どうしたんだい・・・目が赤くなっている・・」
アウレリウスに、時折尋ねられるともあったが、ヘレナはとても貴方のことを思って、眠れなかったと言うことはできない。
また、何回か夜中に彼の部屋の前までは行くが、どうしても扉をたたいたりすることはできなかった。
そして、それが出来ない自分に対して、一晩中泣きはらすようなことも、多くなっているのであった。