朝露
「アウレリウス様・・・」
「私を・・・お見捨てにならないでください・・
しっかり・・・つとめさせてください・・
ここを解雇されると・・生きていけない・・・」
ヘレナの顔は不安に満ちてあふれている。
ヘレナはそもそも、アウレリウスのギリシア語の教師そして身の回りの世話をする使用人としてのファビウスの家に
来た訳ではない。
ファビウスはヘレナの夫が亡くなってしまい、彼女の今後を案じたこともあるが、彼女もその夫に劣らず聡明な知識を備えていたことから、何か活用ができないかと考えたためであった。
ファビウス家の使用人として、とりあえずローマの屋敷の中で働かせていたが、ローマでの生活に慣れないことや、亭主を失った心の痛みから、いつも彼女の表情は曇っていた。
また、使用人としてだけの仕事では、彼女の持っている学問の能力がほとんど発揮できず、かなりの欲求不満も抱えているようであった。
ファビウスはアウレリウスの父、すなわちマルコとの書簡のやり取りの中で、マルコがアウレリウスをローマで修行させたいこと、できればギリシア人の教師をつけたいことの希望を聞き、それにうってつけのヘレナをあてがったのであった。
また、ファビウスの目から見ても、明るく屈託の無いアウレリウスの性格や、美しい容姿は必ずヘレナの心を癒す効果があり、アウレリウスやヘレナ、アウレリウスの家とファビウスの家にとっても、よい効果をもたらすと考えていた。
結局、アウレリウスは、ファビウスの指示や、ヘレナの懇願を断ることはできなかった。
ローマに着いた翌日から、午前中はヘレナにギリシア語や歴史、文学、数学、法律等様々な学問を習い、午後はヘレナとローマの街を散策をするといった生活をすることになった。