小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

旅のスケッチ

INDEX|6ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

青森 (1977年12月)



僕を乗せた臨時急行『十和田51号』は、上野出発から12時間少し過ぎた午後9時55分、定刻より5分遅れて青森駅に到着した。
ホームの前方が出口、後方は青函連絡船の桟橋搭乗口。
連絡船の乗船時刻まで、まだ1時間半ほどあった。
僕は腹ごしらえのためと、例によって「何でも見ておこう」の精神により、青森の街に出るべく、ホームを前の方に歩いて行った。

時刻は午後10時を少し回ったところ。
銀座赤坂六本木ではまだ宵の口だが、全国でただ一つ県庁所在地に国立大学の無い青森の街は、静まり返っていた。
賑やかなことを予想していた僕にとって、かなり意外であった。
静まり返った駅前のロータリー脇に、『みちのく』という郷土料理屋の暖簾が出ていた。
その暖簾をかき分け、戸を開けた僕は、カウンターの三つめの席に腰を下ろした。
店内には魚網や浮玉が吊るされ、ローカル色豊かであった。

壁に貼ってある献立を左から右に一通り眺め、250円のサービス定食を注文した。
貧乏旅行のつらいところだ。
焼き魚にイカの味噌汁とご飯、そしてお新香。
もしかすると、もう一品くらいついていたかも知れない。
焼き魚にやたらと小骨が多くて、食べづらかったことだけは覚えている。

客は僕の他に3・4人いて、かなり酒が回っていたように記憶する。
店には女の子が二人いて、紺絣の着物を着ていた。
二人とも14インチのカラーテレビに映る刑事物ドラマに見入っていた。
時折、女性の主人公の身辺を気遣い、「大丈夫かしら」「どうなるのかしら」などと言い合っていた。

やがて僕は勘定を済ませ、店の人の「ありがとうございました」の声を背に受け、外に出た。

寒い!
時計の針は午後11時を回ろうとしていた。
商店街のナトリウム灯のオレンジ色が幻想的な他、街には何も無い。
みんな冷たくシャッターを下ろしている。
消えたネオンはどことなく淋しい。
仕方なしに、少し早いが桟橋に行くことにした。

少し歩くと、駅の左側の方に灯りが灯っている所があるのが目についた。

林檎売りだ!

人通りの無い、しばれる寒さの中、裸電球のぶら下がるテントの中で、一人のお婆さんが林檎を売っていた。
年中無休で24時間営業。
朝まで開けていても、誰も買いに来そうもないように思うのだが、「一人でも買いに来てくれるお客さんがいるかも知れない」から開けておくのだそうである。
裸電球の光が、木箱に詰められた林檎に、鈍く光っていた。

何故採算の合いそうもないことを、そこまでやるのだろうか。

とどのつまり、強き女なりや。


『女の強さ』と言えば、もう一つ思い起こすことがある。

北海道入りして第一日目。
僕は函館本線国縫から、渡島半島の付け根を東西に横切る瀬棚線の美利可にいた。

雪深い白樺林で、蒸気機関車の撮影を終えた後、次の目的地長万部に向かうべく、美利可駅の待合所に戻って来た。
30分程たって、列車入線時刻が近付き、改札が始まった。
すると、大きな荷物を脇に置いていた行商のおばさんが、「この荷を背中に乗っけてくれ」と言ってきた。
「いいですよ」と軽く答え、南京袋のような荷物を両手で抱えたのは良いが、そのあまりの重さに一瞬足元がふらついてしまった。
かなりの焦りと惨めさを感じ、あわてて再度腕に力を込め、どうにかそのおばさんの背に乗せてあげることができた。

結局そのおばさんは、背に二つ、両手に一つづつ、同じように重そうな荷物を抱えた。
けれど、おばさん、別段たいしたことも無さそうに、ホームで駅長さんと笑いながら何やら話をしていた。

ローカル線に朝早く乗ると、大きな風呂敷包みを抱えた、このような行商のおばさん達によく出会うが、「こんな朝早くからご苦労さん」と、いつも感じてしまう。
そして、一人旅だなどと粋がって、半ば何もせず遊び歩いている自分が恥ずかしくなり、肩身の狭い思いがして来る。

しばらくして、ディーゼルカーが到着し、乗り込む。
僕の目の前の席に座っていたおかっぱ頭の女の子のほっぺは、林檎のように赤かった。

この子もきっと、『強い女』になるのだろう。

作品名:旅のスケッチ 作家名:sirius2014