小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

旅のスケッチ

INDEX|5ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

裏磐梯 -奥羽本線にて- (1974年8月)



あれは高校2年の夏休み、僕が16歳のときだった。

僕は山形に帰省する友人に誘われて、彼と一緒に山形の肘折温泉まで旅行することになった。
思えば、初めて親の目を離れて、友人同士で行く旅行だった。

山形へは直接行かず、裏磐梯の民宿に一泊して高原の空気を吸い込んだ後、バスで米沢に出て、奥羽本線に乗り継いだ。

車内はすいていた。
僕は友人と二人で一つのボックス席を占領し、さっそく駅で買い込んだ駅弁を広げた。
米沢牛を使ったすき焼き弁当だった。
どんな内容だったかは覚えていないが、うまかったことだけは覚えている。
駅弁とは、車内で揺られながら食べるからこそうまいのであって、今流行のデパートの駅弁大会などで買って来た駅弁を家で食べても、それほどいうまいとは感じないのではないだろうか。
あの一定のリズムをもった電車の揺れというやつは、何か不思議な力を持っているのだろうと思う。

駅弁を食べながら、昨夜のことを思い出した。
曽原湖という、どちらかと言うとマイナーな湖の湖畔の、オープンしたばかりの民宿に泊ったのだが、なかなか良い民宿だった。
夕方には、辺りの空一面が夥しい数の赤とんぼで埋まった。
夕焼けの空と相俟って、空が真っ赤になるほどの赤とんぼだった。
数年前、東京で赤とんぼが大量発生して、異常現象ではないかと騒がれたことがあったが、それこそ真のあるべき姿なのだ。
真の姿が影を潜め、時々何かの拍子でそれが現れると、それはもはや、異常現象と言う言葉でしか呼ばれなくなっている。
そこに都会の持つ恐ろしさが潜んでいるような気がする。

夜には、ホタルが無数に飛び交った。
何匹か捕えて、部屋を暗くして放し、その淡い光の尾を楽しんだ。
湖の向う岸からは、キャンパー達が打ち上げる花火の音や、フォークダンスの音楽、笑い声などが聞こえて来て、実に賑やかだ。
真夏の高原の湖畔の夜とは、実に一種独特の雰囲気があって良いものだ。


車内は相変わらずガラガラだ。
時折、詰襟で坊主頭、セーラー服におさげ髪という、典型的田舎調の学生達が乗り込んで来る。
その時だけは車内は喧騒に包まれ、活気を帯びる。
しかし、学生達が一人、また一人と駅で降りて行くに従って、車内はまた元の静けさと眠たくなるような気だるさを取り戻す。
窓の外はどこまでも広がる水田。
緑の稲の海は、無限に続くかのように目の前に広がって、波打っている。

電車は古い。
非常に古い。
見ると、昭和18年製造となっている。
ふと思いついて、走行中の電車のドアの前に立ち、思い切って取っ手を引いてみた。
ドアはややきしみながら、難なく開いた。
夏の強烈な日射しと、柔らかだが激しい風がたちまち全身を包む。

僕の長い髪が獅子のたてがみのようにたなびく。
“夏”を全身で受け止める。

そして僕は16歳だった。

作品名:旅のスケッチ 作家名:sirius2014