旅のスケッチ
小郡 -待合室にて- (1976年4月)
寒かった。
とにかく寒かった。
時刻は10時を少し回ったところ。
僕は23時23分着の急行『くにさき』を待って、小郡駅の吹きっさらしの待合室のベンチで震えていた。
山口での最後の晩だった。
秋吉台から山口へ出て、さらに防府へ回り、そしてこの小郡に着いたのが、夕方6時頃だった。
時間つぶしにふらりと入った駅前のパチンコ屋がやけについていて、9時半の閉店時には、2000円の金を手にしていた。
ところが、パチンコ屋を出たときには、すさまじい北風が吹きまくっていた。
それから喫茶店に入り、コーヒー一杯で精いっぱい粘ろうと思ったところが、30分足らずで閉店のため、追い出されてしまった。
他に風を避けながら時間をつぶせそうな所など何もない。
しかたなく、僕は駅に戻った。
戻ってみると、こんなに寒い所はない。
待合室は吹きっさらしで、突風がビュービュー吹きまくっている。
おまけに、僕の他に誰もいない。
寒さと孤独感で、僕はベンチにポツリと座って震えていた。
たまらなく淋しい。
北風がその淋しさを吹き散らす。
その時、ふと、昨日泊った秋吉台ユースホステルで知り合った、熊本から来た高校2年生の二人組を思い出した。
夜遅くまで花札をやって、一緒に叱られた仲間だ。
彼らは、今晩どこかの駅の待合室に泊ると言っていた。
この寒さでどうしているだろうか。
いかにも旅慣れた雰囲気の二人ではあったが。
30分ほどそうしていただろうか。
やがて二人の男が待合室に入って来た。
見ると、二人組の高校生とは別のやはり昨日秋吉台ユースホステルに泊っていた人だった。
二人とも、僕と同じ『くにさき』に乗ると言う。
それから電車が来るまでの間、3人でさまざまな話題に花が咲いた。
相変わらず北風が吹きまくって寒かったが、もう孤独感はなかった。
間もなく電車が来る時刻となり、車両の違う彼らとホームで別れた。
やがて急行『くにさき』が定刻通りにホームに滑り込んで来た。
ドアが開き、列車に乗り込もうとしたとき、離れた車両で、背中を丸めて列車に乗り込もうとしている二人の姿が見えた。
その時、ふと、あの熊本から来た高校2年の二人組のことが脳裏に浮かんだ。
この寒い夜を、彼らは一体どうやって過ごしているのだろうか。
そして、僕は肩をすくめると、背中を丸め、列車に飛び乗った。
作品名:旅のスケッチ 作家名:sirius2014