妖怪たちの八百万
またあの夢だ。僕は自分が夢を見ているということをはっきりと自覚していた。目覚めているときには決して思い出すことのない夢の内容。不思議なことに夢を見始めるとそれが全て思い出される。これもいつものことだった。ただそれすらも起きたときには忘れている。
僕は四人掛けの食卓に座っていた。僕がいつも食事のため使用している食卓だった。僕の正面には父がいた。三十の手前に見える。異様に若い父。現実には父が僕と食事をとることはないし、父がこれほどまでに若いはずもない。これは夢だ。父は普段見せることはない穏やかな表情で食事を続けていた。
父の隣には母がいた。母はもう亡くなっている。母が亡くなったとき僕はまだ四つだったからほとんど母の姿は覚えていないはずだ。しかし、父の隣におさまる女性が僕の母だということは理解していた。夢の中だけで生きる母。これは夢だ。母は幸せを体現するかのように笑っていた。
僕の隣には姉がいた。姉も母同様、僕が幼い頃に亡くなった。いつも僕の手を引いて遊びに出ていた姉。僕はいつも姉の後を追っていた。姉は頼れる存在だった。そんな記憶の中の姉が今僕の隣にいる。高校生になった僕と幼いままの姉。ちょうど姉が亡くなった頃の姿だった。これは夢だ。姉は身を乗り出すようにして学校での出来事を両親に話し続けていた。
僕だけが変わっていた。父も母も姉も僕がまだ幼かった頃、僕がまだ幸せだった頃の姿で食卓を囲んでいた。僕の時間だけが進んでいるようだ。憂鬱な僕に気付かないかのように時が止まった家族は団欒の時を過ごしていた。まるで当時の僕の記憶がそのまま再生されているかのようだった。どうやっても記録された映像には干渉することができないように、僕はこの空間でやはり一人だった。近くにいるが、届かない。届くことのない、幸福。不快だった。目前の歪な光景を消し去ってしまいたかった。目を覚ましたときに感じる気色の悪さはこれが原因だったのかとふいに思い当たった。
そろそろだろうか、と思い僕は食卓の周囲を見回す。すると、僕の背後で小さな火種が燻っているのを見つけた。勢いは弱いが消えることはない。少しずつその勢いを増しているようだ。火は見る間に食卓の周りを取り囲み、なおも燃え盛る。間近に炎が迫っているというのに家族はそれに気付いていないかのように食事を続けていた。僕は次に起こることを思い起こしていた。記憶の家族、炎の壁。次に現れるのは、あいつだ。
炎の壁の向こうに見えるあいつ。いつからそこにいたのかは分からない。灼熱の向こう側に子供のようなあいつの背中が見えた。炎を背負う小柄な体躯。僕はこの夢、この光景の原因があいつにあると知っていた。
知らされるかのように知っていた。
囁かれるかのように知っていた。
あいつが全ての原因だと分かっていても僕はなぜかあいつを憎むことができなかった。僕は身を焦がす熱から逃げ出すことも、あいつに声をかけることもできない。頭が働かない。記憶の家族が何の憂いもなく食事を続ける中、僕はあいつの背を見つめることしかできなかった。