妖怪たちの八百万
家に帰っても誰もいない。父は遅くまで帰ってくることはないし、母も姉もこの家にはいない。
自室へ向かい、制服から普段着へと着替える。疲労はあったが、眠くはなかった。眠るためではなく休息をとるためにベッドに身を沈めた。
眠ることはできない。また悪夢を見てしまう。
眠ることはできない。また家族を思い出す。
僕はぼんやりと天井を見上げた。この家には僕一人。音の無い階下は弱った心によく響いた。僕は亡くなった母と姉を少しだけ、思う。
優しかった母、いつも僕の前を歩いていた姉。もう思い出すことすら難しい肉親の面影。当時は悲しかったが、今はどうだろう。今の僕は家族の喪失を悲しむことはないが、それは理性で抑えているだけなのか。本当の僕は今でも昔のように取り返しのつかない現実を嘆いているのだろうか。
自分が見えなかった。抑圧された感情は行き場を失って、正体すら掴めない。
僕は今悲しいのか?
僕は今苦しいのか?
とりあえず疲れたな。
眠くはなかった。それなのに僕はいつの間にやら眠りに落ちていたらしい。これには後で起きてから気付いた。